札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第九章 市民の文化と活動

第五節 出版・マスコミ

三 テレビジョン放送の開始

 予備免許が与えられた民放一六局は、そのほとんどが会社の創立を完了、あるいは設立準備を完了しているかのどちらかであった。しかし、北海道放送はこの日から創立の具体的な活動に入った。
 昭和二十六年四月二十六日、会社創立の最初の打ち合わせが行われ、北海道放送創立事務所が正式に設置された。六月二十九日には創立発起人会が開催され、北海道新聞社社長阿部謙夫を議長に、設立趣旨書、設立目論見書、定款案、当初資本金を三〇〇〇万円として七月中旬募株を開始、九月中に創立準備を完了すること等を決定した。十一月五日、設立発起人総会が開かれ、募株、設立準備の進行状況等の報告、創立事項、定款案が決定され、二十二日に創立総会が開催されることとなった。創立総会は、関係者四〇人が出席し、阿部謙夫発起人総代が設立経過を報告、定款を可決したのち取締役監査役を選任し、ここに北海道放送株式会社が正式に発足した。
 翌二十七年一月十八日には試験電波を発射、検査の結果「電波の質も、機械の特性もきわめて良好であり、三キロの電波を出し得る能力は十分にあることを認め」(道新 昭27・2・6)られて、二月五日、全国で七番目の本免許交付となった。
 本免許交付後、施設がまだ万全でなかったこともあり、北海道放送(愛称HBC)は約一カ月間のサービス放送を実施した。二十七年二月八日、JOHRのコールサインに続いて、告知番組「HBCだより」、「天気予報」、「タンゴアワー」と続き、先に開局した新日本放送制作の長唄「京鹿子娘道成寺」が、お祝い番組として放送された。このお祝い番組以外は、全て自社制作番組であった。
 放送時間は一日三回断続、八時間編成で、朝は午前六時五十分~同九時、昼は午前十一時~午後一時、夜は午後五時~同九時となっていた。
 このサービス放送を経て、三月十日、北海道放送は正式に開局した。開局当日の番組は表3のとおりである。開局にともなって放送時間も平日一〇時間、日曜日一二時間に延長された。三月三十一日からはさらに延長され、一五時間編成となった。
表-3 JOHR 開局プログラム
7:00北海道新聞ニュース
15朝の軽音楽
30モーニングコンサート「交響曲第6番・田園」(ベートーベン)ほか
10:00北海道新聞ニュース
05奥様手帳
25あかるい家庭
30母と子のおやつ
 「バンビの誕生」「夢のお馬車」ほか
12:00北海道新聞ニュース
15昼のひととき
 「急げ幌馬車」「山小屋の灯」ほか
13:00ちょっとお耳を
05明るい話題
20軽音楽
30長唄
14:00北海道新聞ニュース
05私の好きな名曲「追分節」
45マイク・スナップ「春待つ心」
17:00北海道新聞ニュース
05あんみつ姫
30子供の部屋
 童話「鶴の恩返し」河内寿美子ほか
45メロディの国
 「ウィーンの森の物語」ほか
18:00北海道新聞ニュース
10街頭録音「HBCに何を望むか」
40カムカム英会話 平川唯一
19:00北海道新聞ニュース
15邦楽「京鹿子娘道成寺」芳村伊十郎ほか
20:00落語
15世界のリズム
 「二人でお茶を」「ポエマ」ほか
30アンコールアワー
21:00北海道新聞ニュース
05ラジオ小説「銭形平次」滝沢修ほか
30座談会「北海道放送に寄せる」田中知事,
オズボーン米領事,高田札幌市長
22:00北海道新聞ニュース
10お休み前に 朗読「パチンコ」(寺田京子作)
『北海道放送四十年』より。

 民間放送は、放送時間を広告主に売ることによって広告放送をなし得た。北海道放送の放送時間のうち、スポンサーがつくのは毎夕七時~十時(日曜日は六時~十時)で、スポンサーが提供する番組も、落語、浪曲、歌謡曲、クイズものから交響楽、舞台中継、物語ドラマ等多彩なものであった。
 自社制作番組はレコード番組が大部分を占めており、これが聴取者からNHKにはない新鮮さとして受け入れられた。また、「明るく楽しいHBC」というキャッチフレーズの下、番組と番組の間に「皆様の北海道放送です」というメッセージを放送して道民の親近感の獲得に努めたほか、NHKのローカル番組の少なさ、中央偏重の傾向を突いて地域情報の収集に全力をあげた(北海道放送四十年史)。