札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第九章 市民の文化と活動

第二節 音楽

一 新たな息吹

 暮らしが落ち着くにつれて、市民の音楽活動も活発になっていった。その最初の動きは合唱界に起こった。
 昭和二十年十二月に開かれた荒谷正雄指揮札幌フィルの演奏会で、ヘンデル「メサイア」の合唱団に参加したのは、十七年に結成されていた札幌放送合唱団と男声有志だった。
 二十一年に入ると楡鐘会札幌合唱団、二十三年には響友会白樺会が生まれ、各職場ではレクリエーションとしての合唱活動が盛んになって、学校や一般の合唱団も精力的に動き始めた。中では、二十三年ごろに復活した札鉄合唱団が、戦前からの歴史を生かして指導的な役割を果たしていた。また各団体が集まっての発表も場を重ねていった。
 二十五年に北海道合唱連盟が結成され、北海道合唱コンクール北海道合唱祭が始まった。道連盟の結成は小樽合唱連盟理事長の上元芳男が中心となって働きかけたもので、全道組織の設立はほかの音楽ジャンルに比べて格段に早い。上元が理事長になり、札幌からは小泉正松が理事となった。この時、札幌の加盟団体は一三を数えていた。
 それまで女声だけだった札幌放送合唱団は二十三年に混声となり、常任指揮者小泉のもとで二十五年に第一回定期演奏会を開いた。三十五年には常任指揮者が平賀瑛彬に代わった。二十六年から七年間、一部のメンバーがNHK専属となってプロとしての活動を行っていたことがあり、ほかの合唱団より「一つ上」の存在と見られていた。