札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第八章 教育の民主化

第四節 戦後社会教育の展開

二 社会教育施設の展開・拡充

 豊平町での公民館の最初は、昭和二十四年五月に旧陸軍屋内体操場の一部を改造して設置された豊平町公民館である。この館は引揚者を対象としたもので、演劇場、小集会室、図書室などが設けられていたが場所、採光及び買収との関係で二十五年九月に廃止されていた。ついで二十五年十一月一日に、元ゴルフ場の事務所を移築して月寒公民館が設置された。また、併せて公民館条例も設けられ、社会教育の中核施設として各種講座、学級などに利用され、図書室も併置された。この館も町役場の移転にともない、三十年九月一日に廃止となった。この間、平岸公民館が二十六年四月一日に開館しているが、二十九年から三十一年にかけて小学校の教室に転用されていた(豊平町史)。
 三十三年六月に新たに豊平町公民館条例が制定され、旧役場庁舎を改造した月寒会館内に公民館(写真6)が設置された(現月寒中央通七丁目)。また、八月一日に併せて地区公民館が平岸、清田(厚別会館)、定山渓(定山渓会館)と設置され、石山(昭33・12)、簾舞(同)にも設置されていった。三十六年に札幌市との合併により札幌市月寒公民館となり、現在も利用されている。

写真-6 月寒公民館(昭34頃)

 手稲町では三十年度以来、社会教育目標の第一に「公民館活動の促進」を掲げ、公民館設置の促進をはかるようになった。手稲町公民館は、「昭和三十年頃全町民こぞって公民館建設への要望がたかまり、特に婦人団体など町内諸行事ある毎にバザー会など催し労力奉仕によってその益金等を公民館建設資金として積立、町当局へ建設指定寄附を行」うなど、「意欲的な運動による熱望」によって設置にいたったものであった(北海道公民館二十年史)。町では三十六年策定の五カ年計画に建設を盛り込み、三十八年に建設に着手した。場所は役場庁舎付近の現本町三条一丁目、六月に着工し十月一日に開館(開館式は十月十日)し、社会教育の基幹施設として利用されていった。四十二年に札幌市との合併後は、札幌市手稲公民館となったが、六十年十月十九日に手稲コミュニティーセンターが設置されてその役割を終えた(十月五日の使用をもって閉鎖)。