札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第八章 教育の民主化

第三節 戦後教育の岐路と地域の教育問題

一 教育政策の「転換」

 勤務評定とは、管理者である校長が、教員の勤務成績を評価、判定することである。この実施をめぐっても、行政と組合は対立した。昭和三十一年、愛媛県では地方財政の圧迫を理由に、地教行法に基づく勤務評定の実施を発表した。三十二年八月に文部省は、地方公務員法などに規定のある勤務評定の実施を、都道府県教育委員会に強く働きかけた。これをうけて同年十二月に、全国都道府県教育長協議会・全国教育長協議会は勤務評定試案を作成し、三十三年度から実施する方針を決定した。一方北教組は、三十二年九月十三日に勤評反対闘争方針を打ち出し、反対運動を行った。北海道PTA連合会は、三十三年四月二十一日に「相当長期間にわたる冷却期間(少なくとも三年位)をおくこと」を道教委に申し入れた。全道小・中学校長会でも職場の混乱を恐れて、同年七月に反対決議を行った。
 三十三年七月十日に、市教委北教組札幌市支部との初の会合がなされた。一時間半の会合で「①勤評は政治的効果をねらうものではなく純粋な教育的立場で考えなければならない。②本州で騒いでいるとき、いま早急に実施すべきではない。③愛媛方式のような勤評を行うべきではない」(道新 昭33・7・11)という三点で意見が一致した。その後も会合はおこなわれたが、それ以上の進展はなかった。日教組は、九月十五日にストを行うことを決定した。北教組は同月十二日に道教委と交渉をもち、道教委は「慎重に各方面の意見をきき、時間をかけていくべきもの」という見解を示した。北教組はこれで実質的に実施は当分無理だとして闘争態勢をといた。