札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第八章 教育の民主化

第二節 新学制の発足

一 小学校・中学校の設置

 新制中学校は、北海道のほとんどの地域で五月一日に開校したなかで、札幌市では五月十五日に開校した。しかもこの開校は、前述したようにあくまで暫定措置であった。そのため札幌市新学制実施準備協議会は、昭和二十二年度中に、総会及び小委員会を通じて二十数回に及ぶ協議を重ねた。
 しかし、二十三年度にむけて中学校の義務教育完全実施のための案は決定できなかった。というのは独立校舎を早急に建築できない状況では、他の学校を転用するしか案がなく、例えば旧制中学校転換案や小学校転換の案が検討されたが、具体的にどの学校を転用するかとなると反対案が出されたからである。旧制中学校側から見れば「格下げ」と映り、小学校側から見れば「それでなくても学校が足りないのに」と思われたのである。
 そこに軍政部が乗りだしてくることになった。軍政部が特に要請したのは、旧制の中等教育諸学校の校舎を中学校に転換することである。軍政部は、新制高等学校が「高校三原則」にもとづいて再編成されれば、旧制中学校や高等女学校は統合されて、多くの校舎が中学校に利用できるとしたのである。学校再編成について軍政部からの示唆が『道新』に最も早くみえるのは、次の記事である。二十三年二月十四日に開催された大学婦人協会札幌支部の会合で、軍政部民間情報教育課のマクダガードは「これは格下げでもなんでもない、また市中が一中、二中に分散登校するようになることを嫌うのはワガママである」(昭23・2・17)と発言している。その案は新制中学校には札幌市立中学校、道立札幌高等女学校の二校をあて、新制高校に札幌市立高等女学校を昇格させるものであった。同時期は、高田市長が札幌市立中学校と札幌市立高等女学校を廃止して、その校舎を新制中学校にあてるという私案をもっていた時期であり、これに対応する意見を軍政部側が述べたのであろう。結局、二十三年度には、高田私案も通らず、すべての旧制中学校と高等女学校が新制高等学校になるという案が市議会で可決された。
 二十四年度を直前にして、新学制実施準備協議会は札幌市立第一高等学校(旧札幌市立高等女学校)と第二高等学校(旧札幌市立中学校)の二校転換案を答申したが、札幌市議会では高等学校の転換を否決し、これまでどおりの形ですすめることにした。これに対し、赴任早々のニブロ民間教育課長は二十四年三月二十三日に札幌市の高田市長公宅を訪れ、「二十四年度の学年始が迫っているが、高等学校の統合と中学校の編成をどうするつもりか」と質問した。高田市長は市議会の雰囲気も考え、二十四年度も高等学校の統合を考えていないとして、次のように述べた。
協議会の案は今述べたように、五つの普通高等学校のうち二校を中学校に転換するので、いわば校舎の四〇%を中学校に振向ける案と言ってよいのであるが、私の原案は高等学校のことも考慮した結果、一校を転換し一校の半を中学校に振向けるのでいわば校舎の三十%を中学校に充てると言ってよいものなのである。
(高田富與 市政私記)

 ニブロは再考を求めたが、高田は首を振らなかった。するとニブロは「明日軍政部長から市議会に対して書面を送る」と述べた。高田は「それは待って貰えないか、率直に言って如何に占領下にあるからといって、私は札幌市内の学校の統合とか配置の問題まで、軍政部の意図によることを欲しない。貴方が今夜話したことを、そのまま市議会に話してよろしければ、明日早速市議会の方に話して、市議会が自ら貴方の趣旨とするところに添うようにすべく努めるが、それでどうか」と述べている。ニブロは「貴方の気持ちはよくわかる。貴方の言う通りで結構だ」と応えている。この問答には、占領したもの、されたものの関係がいみじくも示されている。
 市議会ではニブロの見解を聞くことにし、二十四年三月二十六日にニブロを議会に招いた。ニブロはそこで協議会案にそった二校転用の勧告をした。
学校単位収容生徒数は上級学校になればなるほど多くなつても構わないが、中学は少い方が好ましい。現在日本のおかれている経済情勢はすべてにおいて最低の線を要求されており、校舎も現有設備を最大限に活用しなければならない状況にある。(中略)高校を転換するかどうかの決定権はあなた方議員の手にあるのだが、私の言葉が指針となれば幸いである、札幌が率先高校転換を行って本道の模範になることを私は希望する。
(道新 昭24・3・27)

 議員の多数は、札幌市立第二高等学校(旧札幌市立中学校)の一校のみを廃校とし中学校に転換することを適当とした。これをうけて高田市長は、再度ニブロを招いて懇談し了解を得た。最終的には、二十四年六月十四日に、札幌市立第二高等学校を廃止し、校舎は啓明中学校専用とすることになった。
 二十四年十二月、道内で戦後初の新築校舎である向陵中学校が完成し、その後中学校建築が進むことになる。四十七年度までの小学校・中学校の新設数は表2のとおりである。
表-2 現札幌市域の
小・中学校の新設数
年度小学校中学校
2314
2422
2512
2641
2720
2810
2911
3032
3101
3200
3330
3411
3502
3614
3701
3811
3910
4061
4161
4243
4372
4440
4541
4621
4762
『札幌市勢概要』ほかより作成。