札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第七章 高度成長期の市民生活と社会運動の展開

第五節 高度経済成長期の市民生活

四 成長のはざまで―都市公害

 札幌の公害は増加する事業所や、人口集中化による都市住民の生活廃棄物による環境汚染が多く、冬季暖房によるばい煙のように加害者が被害者でもあるという、いわゆる都市公害が特徴であった。大きくは昭和二十年代の「騒音」、三十年代に「大気汚染」、四十年代は「水質汚濁」が顕著となり、いずれも社会問題となった。それぞれの公害について触れておく。
 (1)騒音 二十五年頃から、主に商業活動に伴う街頭宣伝放送や店頭放送などの騒音が、時刻・場所を問わず街中に氾濫し、二十七年には病院・大学などにも支障を与えるようになった。二十八年に薄野地区住民から規制の申し入れがあり、二十九年二月一日、市は全国でもまれな「札幌市騒音防止条例」を施行し、商店・遊技場などを対象に、地域ごとの音量と放送時間の基準設定を行い規制した。三十年代になると、自動車走行音や警笛音などが市民に新たな脅威を与えるようになり、四十年代は拡声放送・建設工事による騒音も日常化した。
 (2)大気汚染 三十、四十年代初頭にかけて、札幌の冬空は煙突からはき出されるばい煙により、太陽もかすんでみえるほどの真黒いすすにおおわれ、家屋の壁や街路樹も汚れていた。原因は暖房用の石炭の量と品質にあり、三十年市内冬期間(12月~3月)の調査によると石炭消費量は約四二万トンになり、このうち七四パーセントが家庭用(約一四万戸)であった。排出される降下ばい塵量は月平均約四〇トンの大量となり、中心地区の汚染が著しく、三十六年になるとばい塵は四倍に増えた。市は三十七年六月十五日、「札幌市煤煙防止条例」を制定し、火床面積〇・二五平方メートル以上の大型燃焼施設や不適燃焼行為などを規制するとともに、「煤煙防止対策資金貸付」制度により、ストーブ・ボイラーの改良を促した(札幌の公害)。
 ところが三十五年頃にエネルギー革命が訪れ、石炭から石油へ急激に移行した。市内でも大型燃料施設を中心に燃料転換が始まり、四十年八月には事業場総数の五一パーセントに達した。このため大気汚染の質が一変し、汚染原因が粉塵から亜硫酸ガスへと移った。折しも、三十九年頃から豊平川などの水質汚濁騒音苦情も増加し、一方では自動車台数が増え、自動車排気ガスに含まれる一酸化炭素などによる大気汚染が問題となった。そこで市は、大気汚染に限っていた札幌市煤煙対策審議会では対応できないため、新たに札幌市公害対策審議会を設け、大気汚染騒音水質汚濁の三部会とした。
 札幌市は大気汚染を減少させるため、ボイラーを一カ所に集中させ、かつ、高能率の除外装置を付ける地域暖房を企画し、ビル街における地域暖房計画の具体策を審議会に諮問、審議会は四十一年七月、都心部地域暖房計画の素案を市長に答申した。札幌市役所に地域暖房施設建設等推進委員会を設け、実現に向けて具体的な活動を開始し、四十三年十二月、株式会社北海道熱供給公社が設立された。この間、四十二年十月から、円山北町の日本住宅公団賃貸住宅・分譲住宅の計一八〇戸では別棟に設置されたボイラー室(重油燃料)から各戸にパイプ熱水が供給されるようになった。最も汚染の激しい都心部のビル街一〇〇ヘクタール地域には、北海道熱供給公社による高温水供給工事が、四十三年十二月(昭46・10完成)から第四期(昭49・10完成)に分けて実施された。また、四十五年には札幌冬季オリンピック関連施設の宿舎(選手村など)が、旧警察学校跡地と柏が丘地区に建設されるのに合わせて、同地区に一八〇〇戸分の集中ボイラーが北海道地域暖房株式会社(重油燃料)により着工(昭48・12完成)された。また、四十六年十月、副都心の厚別地区・下野幌第二、第三団地計二七三ヘクタールには、住宅一万九一〇戸分の熱供給運転も開始された。
 オリンピックが終わった直後の四十七年四月、都心部の亜硫酸ガスの測定値が、三十九年の測定開始以来七年ぶりに環境基準(平均〇・〇五ppm以下)を下回った。最悪は四十三年平均値の〇・〇八ppmであったが、四十七年二月には平均値〇・〇四五ppmに下がっていた。四十五年十月から実施した燃料規制と、集中暖房の運転開始が効果を上げたのである(道新 昭47・4・6)。
 (3)水質汚濁 三十九年から豊平川などの水質汚濁が顕著となり、公衆衛生・土木・下水の市関係部局の協議会が、豊平川・新川・創成川の定点水質検査を開始した。四十二年には水質実態調査を行い、新設工場などに対して排水処理指導を行った。その後、合成洗剤による水質汚染やゴミの不法投棄などの問題も顕在化し、住民のゴミの少量化など、生活様式についての改善なども、大きな課題となってきた(豊羽鉱山による水質汚染は、五章六節を参照)。
 (4)札幌市公害防止条例 前述したように市は、札幌市煤煙対策審議会に代わって、札幌市公害対策審議会を設け、大気汚染騒音水質汚濁の三部会を設置した。四十四年十月には北海道公害防止条例も制定されたが(昭46改正)、札幌市は四十七年三月、独自の札幌市公害防止条例を制定、九月二十二日に施行した。市条例規則は国・北海道よりも厳しい内容で、それまで施行規則外であった公衆浴場・クリーニング店など、合計五〇〇〇事業所を対象とし、硫黄含有量率が多いC重油の使用を禁止し、粉塵関係では採石場・石炭置き場・綿工場などに規制の網をかぶせた。騒音は鉄工場・木工場・パチンコ店・映画館の街頭放送も施行規則の監視対象となった。さらに条例に基づき四十七年十一月には、市民の代表として公害防止に目を光らせる公害防止推進委員六九人を委嘱した(昭50八三人)。
 また、四十八年一月には大気汚染総合監視装置が設置された。同監視装置によって、市内六カ所の観測局(本庁舎・四保健所テレビ塔)と庁舎内のデータ処理装置を直結し、汚染状態が一目で判明できるようになり、ビル・工場から排気される亜硫酸ガス、自動車排気ガス、また、一酸化炭素や窒素酸化物、光化学ダイオキシンなどの数値が、大通西四丁目に設置した大気監視テレメーターの電光掲示板に表示され、常時監視体制がとられるようになった(札幌市の公害の現況と防止に関する施策の報告書 昭47・48、札幌市の公害の現況と対策 各年)。