札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第七章 高度成長期の市民生活と社会運動の展開

第三節 変容する衛生と健康

一 公衆衛生と健康

 昭和二十七年八月三日、札幌市民会館で「北海道結核死亡半減記念式典」が挙行された。結核の死亡数は戦後著しく減少し、札幌の二十年と二十六年を比較すると、結核死亡者数八二〇人が四七七人に、死亡率(人口10万対)では三七八が一四七に、それぞれ半減した。しかも二十六年は、札幌結核史上初めて死亡率が二〇〇を割った年であり、なおかつ図2のようにピークに達した昭和十四年の死亡率(五六三)に比較すると、四分の一近くに減少していた。

図-2 結核死亡率年次推移比較(札幌・北海道・日本・アメリカ)
対人口10万比-大正4~昭和28年(1915~1953)
『札幌市における結核実態調査 昭和28年度』より作成。

 戦後の減少の要因を略記すると、結核患者(肺結核・全結核)の診察報告を義務化(伝染病届出規則 昭22・3)し、結核対策の強化をめざし結核予防会などによる予防思想の普及・徹底や結核療養所の整備拡充(昭22・3)に加えて、二十三年には従来行政指導で実施していたツベルクリン反応とBCG接種が、三〇歳未満を対象に義務化した「予防接種法」として施行された。そのうえ、なんといっても二十五年十月に特効薬・ストレプトマイシン、パスカルシュウムの国産が許可され社会保険の対象となったこと、技術面での胸部外科手術の向上の効果は絶大であった。市の結核死亡率は二十七年にはさらに低下し、九三となり、初めて北海道(一〇四)を下回り一〇〇をも割り、全国に急接近した。しかし、死亡者は減っても並行して患者が減っているとは思えない状況が続いたため(表15)、二十八年札幌市の本格的な結核実態調査が札医大・社会福祉研究所などの共同調査により初めて実施され、次の結果が報告された。
◇調査世帯=六九五世帯、三二六〇人。①六世帯に一世帯の割で患者がおり、世帯が大きいほど有病率が高い。②戦後急速に膨張した住宅地域・工業地域に患者が多く、都心の商家に少ない。③有病率は男一〇〇に対し女六四で、活動性結核症は男に多い。④年齢有病率最高は老年期(50歳以上)の九・九パーセントであり、壮年期に上昇傾向にある。⑤今回の調査で罹患の事実を初めて知った人が六割に達し特に女は八割を超え、七割以上が健康管理を放置され、治療必要者の六割が放置され特に女が七割にのぼる。⑥住居は独立家屋が六割、長屋三割、過密住居は一・五割と少ないが、有病者の八割が間仕切りせずに家族と雑居で寝起きしていた。日当たり、換気条件は普通程度以上が大部分であり、また生活保護世帯に有病者が顕著である。
(札幌市における結核実態調査 昭和28年度)

表-15 結核患者数の比較(札幌市・北海道・全国)

地域等


年次
札幌市北海道全国
患者実数対人口
10万比率
死亡者実数患者実数対人口
10万比率
患者実数対人口
10万比率
昭233,1761,18090129,498734382,810477
 242,70195995234,954848464,903566
 252,52980666738,639901528,832636
 262,46475947737,452872585,966698
 273,07291931738,000866584,871683
 283,00581828434,602770507,244583
 293,60097025938,021806523,556593
 304,08295626642,047880517,477579
 315,1891,17828042,331872518,142574
『北海道衛生統計年報』より作成。
1.昭和22年7月伝染病届出規則施行
2.昭和26年4月結核予防法施行

 以上のように、患者の実態が予想を超える深刻なもので、しかも六割が無自覚であることが明らかになった。
 政府は結核を世界の最低水準に低下させるため、二十六年四月に「新結核予防法」を施行、定期検診・患者登録・伝染防止・患者指導などの医療を一連化し、すべての患者に対する医療費公費負担制度を創設した。同法に基づき保健所の患者登録と集団検診が行われたが、保健婦による家庭訪問が第一線の戦力となり、三十年代には国立札幌療養所(琴似=現・西病院)など結核病院が整備拡張され、入院・治療機関が強化された。