札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第七章 高度成長期の市民生活と社会運動の展開

第二節 労働運動の高揚と組織の拡大

三 民間中小組合の増加と組織問題

 敗戦翌年の昭和二十一年一月十五日、札幌一般労組の沢田武雄を議長に「札幌地方労働組合協議会」が結成されたが(道新 昭21・1・19)、構成も不確定な組織であった。また、二十一年七月、国鉄・逓信・日通・帝繊・定鉄その他の組合幹部によって「札幌地区労働組合協議会」結成大会が開かれたが(トラクター 昭21・7・22)、正規の代表者も選出できないまま、翌年には自然消滅したらしい。実質的地区協議団体としては同年四月、官業労働組合協議会が結成され、のち全札幌官公労働組合協議会と改称し全道官公労組織の中核となった。メーデー中央集会や、全道規模の活動の舞台となっていた道内中心都市の札幌に、実体を伴った「札幌地区労働組合協議会」が結成されるのは、二十七年十一月五日になってからである。結成が遅れた原因は、主要官公庁所在地であると同時に全道労協や官公労、大手企業別組合の道本部・支部所在地でもあり、各組合は官民を問わず、それぞれが各単産の「縦割りの指令」で活動していたことが背景にある(札幌の労働運動)。
 札幌地区労協結成時の参加単産は一二組合、内訳は官公労七組合(国労札幌中央・札幌・苗穂工機各支部、機労苗穂支部、市労連、北大、財務局)、民間五組合(機関紙印刷、明治屋、道新、札樽金属、北農労)で、ほかに加盟意志表明組合九があった。北農労の中林剛毅を議長に選出し事務局を市職組内においたが、副議長・事務局長とも欠員という状況打開のため、翌二十八年三月、全逓、全電通、全道庁、北教組、全日通、電産、帝麻(帝繊)、古谷、自由労組なども加わって「躍進大会」を開催し、一方、脱退もあって結局は一七組合一万五〇〇〇人による再出発となった(札幌地区労 十年の歩み)。事務局はその後、北農労、国労中央支部、金属労組などを転々としたのち、二十九年に道立札幌労働会館に移転した。中小事業所労働者の組織化や、賃闘・組織活動支援などによって民間中小組合や合同労組の加入も増加し、三十六年八月の豊平地区労合併などもあって三十九年には一〇三組合となり、四十七年の加盟組合員数は六万人を突破し市内組織組合員の四五パーセントを擁する勢力となった(表10)。
表-10 札幌市の労働組合員数と札幌地区労協及び札幌地区同盟加盟状況の推移(昭和28-47年)

種別

年次
札幌市の労働組合員総数札幌地区労協加盟組合員数札幌地区同盟加盟組合員数
昭2846,05619,413
 2948,23415,545
 3051,51625,774
 3155,95022,087
 3258,08532,796
 3360,39632,281
 3462,65935,904
 3565,941■,416
 3671,73441,010
 3783,53336,911
 3891,55742,266
 3999,45144,8323,018
 40104,86239,4205,376
 41107,29549,1005,937
 42111,06550,6905,121
 43119,89252,8136,363
 44128,45658,6678,408
 45134,35058,9505,605
 46130,35057,90810,786
 47134,83760,70015,101
札幌市の労働組合員総数は『札幌市統計書』(原資料出所は石狩支庁労政課)及び『北海道労働組合名鑑』による(ただし昭和37~45年は石狩支庁管内の数値)。
札幌地区労協加盟組合員数,札幌地区同盟加盟組合員数は『北海道労働組合名鑑』各年版による6月末現在の数値で■は読み取り不能。札幌地区同盟の昭和39年は,「札幌地区同盟会議」の数値である。