札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第六章 戦後の市民生活と社会運動の展開

第二節 戦後の社会問題

三 ヤミ市と河原居住者問題

 道庁では、ヤミ市や悪徳商店の蔓延を阻止するため、二十一年二月、丸井百貨店で不用品交換会を復活させた。ところが、出品物は砂糖・バター・醬油・清酒・ウィスキー・石けん・軍手・鍋・釜などで不用品とは思えない主食類似品が多かった。出所を疑われるものばかりで、一市民は、「外国の盗品市場」と憤激した(道新 昭21・3・1)。だが実際は食品工場の労働者に現物給与されたものだった。ヤミ市は、暴力が支配する場所であったが、交換会は治安がよく、母親が子供連れで姿を見せた。
 だが、この交換会も、回を重ねるごとに、ブローカーが介入してきた。二十一年七月の交換会の出品数と需要数をみると(表17)、嗜好品趣向が多くなり、生活のためよりも遊興のための市場に変化してきた。札幌市は、札幌市民食糧委員会を設けて隠匿食糧の摘発に努めていたが、ヤミ商人のなかには「北海道生活援護協会」などの架空の団体を名乗り、「摘発」に歩いたグループもあった(道新 昭21・4・23)。これらの物資は、ヤミ市に流されるケースが多かった。
表-17 丸井百貨店日用品交換会状況
(昭21.7.1~7.25)
種類出品数需要数
衣料269163
履物類19798
食糧9532
酒類21138
砂糖55348
日用品15935
煙草74139
10964
『道新』(昭21.10.21)より作成。

 その後、市内各地区(丸井百貨店横、南四条のカバ市(樺太引揚者の運営)、豊平橋南橋詰、新善光寺横など)に露店街ができ、これもヤミ市とは呼ばれたが、そこで売られるのは、合法的な商品が主流であった。狸小路東部は二十二年以降、一般商店街に復帰したが、進駐軍の横流し物資を販売する者が後をたたなかった。二十四年六月二十二日には警察官二五〇人が狸小路一・二丁目を包囲し、通行人、商店を取り調べ、進駐軍物資不法所持の現行犯として五四人を連行した(道新 昭24・6・23)。
 小樽方面の主婦が主体の「ガンガン部隊」(魚行商人)は、警察から「動くヤミ市」と言われたが、市民に人気があった。二十三年一月から取締まりが厳しくなったが、情報を手に入れるのが早いのか、取締まりの網にはかからなかった。