札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第五章 高度成長期の産業発展

第五節 観光産業と飲食業の伸展

二 飲食業の伸展

 飲食営業臨時規整法は廃止されたものの、同法に含まれていた外食券食堂は、外食者の主食を確保するために、新たに許可制として規定が設けられた(道新 昭26・3・21)。外食券食堂米飯提供店と名称を変え、六月に七〇軒が開店したが、その後続々と登録が許可され、十一月には一五三軒と倍増している。しかし実際には、これら米飯店で外食券が扱われることはほとんどなく、もっぱら「ヤミ飯提供店」に転向していた(道新 昭26・11・22)。
 三十年の札幌商工会議所による商店街業種調査では、商店街のうち、最も多いのが料飲店であるとされた(道新 昭30・10・21)。三十年代後半になると、キャバレー・クラブ・スナック・バーを中心とするビルからサウナ・ボウリング等の娯楽ビルまで、八、九階建ての高層建築が官庁街に匹敵する勢いで増え、四十年代半ばにかけてススキノはビル街へと様変わりする。
 料飲店の増加とともに(表37)、深夜まで営業するカフェーや料理屋、ナイトクラブが増え(道新 昭27・9・6、32・5・20)、ビルラッシュにともなうネオンサインの設置とも呼応して、「中心街は不夜城」といわれるようになった(道新 昭28・9・20)。しかし風俗営業取締法施行条例(北海道条例第三九号 昭23・9・10公布施行)では、これらの営業時間は午後十一時までと定められており、売春防止法(昭33)に違反する者あるいはもぐり営業や悪質業者も後を絶たず、ススキノは犯罪の温床となっていた(道新 昭33・12・6)。これら時間外営業と売春に関しては、三十年(北海道条例第七七号)、三十四年(北海道条例第一〇号)、三十九年(北海道条例第六三号)と風俗営業取締条例を改正して取締りを強化した。
表-37 飲食店数
事業所数従業員数
昭255582,000
 266652,636
 278193,875
 291,0324,591
 311,308
 331,5248,567
 351,96411,772
 372,48415,592
 393,27219,607
 414,03621,865
 435,30124,487
 456,03028,119
 477,27532,575
『札幌市統計書』より作成。

 こうした風紀問題を抱える中で、ススキノを明るく近代的な街にしようと、四十年六月十九日薄野商店街振興組合が発足している。四丁目通りに面した飲食店や一般商店六五店が中心となって設立し(道新 昭40・3・13夕)、初年度の事業として、道路の拡幅や地下道および地下街の建設に関する調査研究、街路灯の維持管理や商店の建替え等の環境整備、すすきの祭りを恒例事業として復活させることが計画された(北海道商工部商政課 薄野商店街振興組合)。
 第一回すすきの祭りは二十六年九月に行われたが(道新 昭26・8・12)、わずか二回で中止されており、四十年八月に一四年ぶりに再開された(脇哲 薄野百年―その由来 北海道観光百景 昭45・8)。
 また、すすきの祭りの際にできた実行委員会が契機となって、ススキノに点在する各業態ごとの組合を一本化しようと、翌四十一年一月十八日にはすすきの地区連合協議会が創立されている。この協議会は、薄野商店街振興組合・キャバレー組合・町内会等一三団体とほとんどの団体を網羅しており、発足と同時に雪まつりに積極的に協賛するなど、ススキノの振興をめざした(道新 昭41・1・19)。