札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第五章 高度成長期の産業発展

第五節 観光産業と飲食業の伸展

二 飲食業の伸展

 二十四年五月七日、料飲店再開法案である飲食営業臨時規整法(法律第五二号)が公布施行され、都道府県の認可を必要とする飲食施設、すなわち①以前に旅行者と外食者のために認可されていた飲食店、主要食糧として麵類を出す飲食店、そしてホテルと旅館といった食券用飲食店、②主要食糧以外の材料で作られる非アルコール飲料、果物、ケーキを提供する喫茶店、③醬油と味噌の配給を示す消費者の食品券と引換えに指定された食事を提供する軽飲食店だけが合法的に営業できることになった。狸小路では同年五月十五日、直営ビアホールが二年九カ月ぶりで再開し、開店早々かつての常連客等で賑わった(道新 昭24・5・16)。
 また、翌三月には電力制限が解除され、狸小路のスズラン灯をはじめとして、市街地には街路灯やネオンサインの設置が急ピッチで進められた(道新 昭25・9・19)。
 このように街には活気が戻りつつあったが、食糧事情が好転するにつれて、無許可で飲食店を経営する者も増えていった。このため無届け無許可料飲店に対する行政処分がたびたび行われた(道新 昭25・1・29、2・4、4・7)。
 二十六年五月一日飲食営業臨時規整法が失効になると、ススキノにはカフェー・酒場が続々と誕生し、同年の飲食営業は、戦前最も繁栄をきわめた昭和八、九年をはるかに上回った(道新 昭26・1・14)。この年、二十五年四月に接収解除となった料亭「いく代」も、全面改装の後に営業を再開している(道新 昭26・9・25)。
 また、ラーメン横丁ができたのも二十六年頃といわれる。それ以前からも夏を過ぎると市内いたるところにラーメン屋台があらわれ、秋の風物詩として親しまれていたが(道新 昭24・9・16、25・10・26)、ラーメン横丁の起源は、南五条西三丁目の大映劇場(昭30公楽劇場、昭45東宝公楽)の西側に並んだ数軒のラーメン長屋である(ほろ酔い気分のススキノ・スケッチ散歩)。四十四年八月、冬季五輪に向けた道路の拡幅工事にともなって、七軒すべてが移転し(すすきの千一夜物語)、その後南五条西三丁目の中通りに新たにラーメン横丁が形成された。