札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第五章 高度成長期の産業発展

第五節 観光産業と飲食業の伸展

一 観光産業の整備拡充

 戦後、市の観光行政は商工課で扱っていたが、二十五年九月一日振興課に観光係が置かれた。
 国体(昭29)、道博(昭33)を画期として観光客は激増したことから、積極的に観光行政を立て直そうと、三十三年十二月観光係を観光課に改め、周辺町村を含む札幌を中心とする観光圏が検討されるようになった(昭33事務)。
 二十七年十二月札幌駅が新築され、ステーションデパート、ニュース劇場が開業するなど、札幌市の表玄関は様変わりした(札幌駅80年史)。この頃から毎年六月から九月にかけて、多くの各種大会・学会が開催されるようになり、二十八年には団体客向けに、全国でも珍しい市営ホテル、円山ハウス(大通西28)が新設されている。
 二十六年四月高田市長は、再選の抱負を「札幌を国際観光都市としてふさわしい街にすること」と語った(道新 昭26・4・26)。同年十月札幌―東京間に民間航空機が就航し、二十七年札幌市は、日本観光連盟から国際観光ルートの北海道基地に選定された。
 民間航空機の開設以来、団体客に加えて外国人観光客が増えたため(表31~表34)、観光課では外国語を話せる観光ガイドを養成したり(道新 昭35・11・25、39・6・29)、英文のガイドブックを作製するなどして対応にあたったが、同時に宿泊施設の増設が急務となった。
表-31 観光客の来札状況 (単位:千人)
年度来札人員宿泊人員
昭311,095342
 321,228440
 331,5091,104
 341,860822
 353,2081,117
 363,7371,721
 373,8832,891
 384,0153,011
 394,1762,969
 404,6463,069
 414,8853,215
 425,6302,761
 436,5543,100
 446,8763,181
 457,3083,311
 468,6073,447
 478,9123,723
『観光便覧 さっぽろ』より作成。
昭和31~34年来札人員に定山渓温泉は含まない。
昭和31~36年宿泊人員に定山渓温泉は含まない。

表-32 道外客・道内客別入込数(単位:人)
年度道外客道内客うち外国人
昭394,176,3891,325,1672,851,222
 425,629,6961,645,3073,984,38924,044
 436,553,9992,146,2724,407,72726,421
 446,877,7192,247,9704,629,74923,016
 457,317,9182,354,9254,962,99332,060
 468,606,8053,031,4525,575,353
 478,911,8963,657,2915,254,605
昭和39~45年度は北海道観光連盟『北海道観光便覧』より作成。
昭和46~47年度は『札幌市の観光概況』より作成。
定山渓温泉を含む。

表-33 外国人観光客入込数(単位:人)
年度全道札幌市
宿泊実人員宿泊しない宿泊実人員宿泊しない
昭3444,52014,79429,72627,0615,07121,990
 3539,07315,30523,76821,7994,89316,906
 3631,27716,97214,3059,4745,6503,824
 3724,91216,0748,8385,4064,807599
 3833,04520,55112,49410,4966,3884,108
 3926,96015,80911,1518,5754,7023,873
 4033,01222,06210,95012,7858,4704,315
 4136,71420,75715,95718,4548,7079,747
 4241,46120,78720,67424,0448,73915,305
 4343,37922,76220,61726,4219,38617,035
 4444,49826,69117,80723,01610,56812,448
 4561,37734,24427,13332,06013,82718,223
 4632,20813,17319,035
 4730,71415,77714,937
全道数34~45年は『観光便覧』北海道商工部
札幌市34~42年は『観光便覧』北海道商工部
札幌市43~47年は『観光便覧さっぽろ』
札幌市には定山渓温泉を含む。

表-34 主要観光施設入場者数(単位:人)
年度羊ヶ丘展望台円山動物園藻岩山
ロープウェイ
テレビ塔展望台北大附属植物園
昭422,130,642249,340620,965441,766411,674406,897
 432,245,702272,360680,871430,843446,617415,011
 442,175,727307,735665,204408,249394,504400,035
 452,084,532354,943675,333295,988343,033415,235
 462,147,810390,362619,408398,087353,185386,768
 472,088,161397,633662,844366,239332,288329,157
『札幌市の観光概況』(昭46~48年度)より作成。

 二十七年五月一日札幌グランドホテル接収が解除され、全面改装の後に、十一月八日営業を再開している。当時は外国人観光客に適切な宿泊施設とされる政府登録ホテルは、グランドホテルただ一軒であったため、一般旅館でも洋室に改造するなどして外国人観光客に対応した。三十六年市議会で冬季オリンピック大会(昭43)に立候補する決議が採択されると、さらにホテルの増設が要請され、三十八年札幌ホテル三愛(昭41・5札幌パークホテルと社名変更)、三十九年札幌ローヤルホテルと、政府登録ホテルの新設が相次いだ。
 続いて四十年九月、総理府観光政策審議会の「国際観光地、国際観光ルート整備五カ年計画」に北海道が組込まれると、道内の関係機関の間では、冬季五輪までに外国人観光客の受入れ体制を促進させようという気運が盛り上がる(道新 昭41・5・11)。四十一年グランドホテルは新館を増築、四十六年札幌プリンスホテルが開業し、このほか一般ホテル・旅館を含めて四十五年に二二九軒だった宿泊施設は、四十七年には二八八軒に急増した(札幌市の観光概況)。
 このほか三十六年一月には、青少年のための低廉な宿泊所、宮ヶ丘ユースホステルが建設されているが、このように旅行形態の多様化にともなって、新たな宿泊施設の誕生もみられた。
 ところで、観光客を呼び込むための宣伝には、観光映画、パンフレット、誘致団の派遣による売込み等が行われたが、観光ポスターをとおして北海道を広く紹介したのがデザイナーの栗谷川健一であった。彼は札観協が調整した『観光札幌案内図』(昭24)をはじめ、雪まつり・冬の観光・道博のポスター、冬季五輪の海外向けリーフレット等を手がけ、商業美術の分野を確立したことで知られる。また、市民会館(昭33・6完成)大ステージの緞帳もデザインしており、本道の特徴を浮き彫りにした画風は、本州客からも高い人気を呼び、日本の観光ポスターの価値を世界に認識させた。