札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第五章 高度成長期の産業発展

第五節 観光産業と飲食業の伸展

一 観光産業の整備拡充

 手稲山を背景にもつ手稲町は、夏は登山、冬はスキーの地として親しまれ、平和の滝・星置の滝・乙女の滝等はハイキングの好適地でもあった。三十年には、七年以降廃業していた手稲温泉が復活し(昭35手稲町勢要覧)、札樽国道から温泉に向かう坂道には住宅街が形成されるようになった(道新 昭31・12・5)。三十四年には三軒の温泉旅館が建ち並び、隣接する高台には、新たに石狩平野や空知方面の山岳地帯を望む手稲公園が造られた(道新 昭34・5・23)。
 三十二年十月手稲町観光協会設立発起人会が開かれ、翌三十三年四月十日同協会が設立された(手稲町報 昭33・4)。手稲町観光協会は、中央バスと協力して、星置の滝―軽川牛乳の試飲―山口スイカの試食―手稲温泉をまわる観光コースを売出したところ、観光資源と生産物を結びつけた企画が人気を呼んだため、続いて西野のリンゴ園と平和の滝を結ぶコースが計画された(手稲町報 昭33・7)。
 このほか、市内近郊には小規模な観光協会が乱立していた。三十六年下藤野観光開発協会が結成され(道新 昭36・12・2)、四十年には札観協と定山渓観光協会のほかに、藻岩開発観光協会滝野観光協会有明観光協会篠路観光協会藻岩観光並木愛護協会月寒公園振興会等が活動していた。このことは市の観光行政の統一を阻み、札観協が組織を強化できない一因にもなっていたといわれる(タイムス 昭40・8・19)。