札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第五章 高度成長期の産業発展

第五節 観光産業と飲食業の伸展

一 観光産業の整備拡充

 二十九年十月六日道道小樽―定山渓線が開通し(弘報とよひら 昭29・10・13)、三十年十月国道五号線札幌―小樽間の改良・舗装工事が竣工、三十一年国道一二号線の拡幅舗装が完成した。三十二年六月には定山渓―東札幌間を運行していた定山渓鉄道(以下、定鉄と略)が札幌駅に乗入れている。こうした交通網の整備によって、郊外に散在する観光地は市民にとって身近なものとなった。
 なかでも定山渓温泉は、道内でも屈指の温泉観光地であるとともに、付近には多くの景勝地があることから、ハイキング、登山、観楓会、スキー等、市民の山岳スポーツ・行楽の基地として親しまれてきた。
 戦後間もなく定山渓温泉の経営者を中心に、支笏洞爺国立公園の指定促進運動が始まり、二十一年五月十七日定山渓観光協会が設立された。定山渓温泉の主な旅館は、札観協の設立と同時に加入していたが、札幌市と豊平町という行政区の違い、一般旅館と温泉の違いから、国立公園の指定運動を機に独立したといわれている。初代会長には章月旅館の小須田治朗が就任し、二十四年五月十六日定山渓を含む支笏洞爺国立公園が指定された。
 定山渓温泉では、二十九年第九回国民体育大会(以下、国体と略)に向けて、宿泊施設の建築ラッシュが始まっている。道博の際には、七月から九月までの二カ月間、定山渓駅横に旅館案内所を設け、豊平駅・札幌駅と連携をとることで、多くの観光客を呼び込むことに成功したが、一方では宿泊施設の建設にともなう乱掘によって温泉の枯渇が懸念され、四十一年三月温泉観測所が開設された。
 温泉周辺の景勝地については、定鉄(株)が沿線の開発に力を注いだ。登山道、ハイキングコース、スキー場を新設したほか(道新 昭31・4・8、タイムス 昭33・8・27)、十五島公園の炊事まつり、観月電車、花火大会、渓谷まつり(昭40かっぱまつりに改称)等さまざまな行事も企画された(いずみ24号)。三十八年には定鉄(株)の観光係は観光課となり(いずみ3号)、三十九年五月、定山渓観光協会は定鉄(株)の観光課に移管されている(いずみ9号)。
 四十四年十月三十一日定鉄が廃止された。鉄道事業は急速に発達する自動車輸送と道路網の整備にともない年々衰退し、国道二三〇号線札幌―虻田間が舗装されるにおよんで、鉄道の利用者が著しく減少したためである。反面、路線バス事業は道路が改良され、観光貸切事業もレジャーブームに乗って順調な伸びを示した(表30)。また、四十五年には豊平峡ダムが完成し、定山渓温泉の観光客数は日帰り、宿泊ともに増え続けた。
表-30 交通機関別(札幌中心部)入込数(単位:人)
年度貸切バス路線バス国鉄航空機乗用車等
昭42872,583395,6172,137,881237,023107,028
 431,232,493395,0462,318,283285,176189,392
 44953,618400,6562,258,512473,273608,800
 451,052,104415,3202,290,771551,217673,654
 461,430,778433,5162,676,557637,718800,145
 471,277,805466,1092,892,948696,526922,316
『札幌市の観光概況』より作成。
定山渓温泉を含まない。