札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第三章 札幌市の発展と街づくり

第二節 街づくり事業の展開

二 疎開跡地の整理と市内道路の整備

 第二次世界大戦末期となり空襲が激しくなったことで、札幌市においても、二十年五月から防空法により建物疎開を実施した。一次疎開と二次疎開は、防火避難を目的とする路線的疎開と重要施設の防護を目的とする周辺地区の疎開を実施した。また三次疎開は、防火を目的として密集家屋の分散疎開を計画したが、八月敗戦となり実施されなかった(都市計画概要)。
 この二度の疎開跡地は、札幌市の主要道路もしくは主要地であるため、二十一年国や道の指示により、将来都市計画上必要となる部分を保留し、その他は所有者に返還した(道新 昭21・2・7、昭21事務)。保留した疎開跡地は、表3の地域である。九月都市計画街路の追加変更を内務大臣に申請し、二十四年二月二十四日決定した。変更した路線は、札幌駅前通、江別街道、白石国道、南一条白石通、中島通、白石円山通、月寒街道、大学石山通、南一条通、北五条琴似通、東八丁目通、北一条通(旧川北通)、烈々布通で、幅員及び道路の一部、起点、終点や等類の変更であった(同前)。
表-3 疎開跡地
路線名広場名面積
 
南四条線
(坪)
10,829
北一条線2,613
東七丁目線2,917
西十一丁目線7,633
東十二丁目東橋線1,172
南九条線4,586
白石三条一条橋大門通1,660
豊平大門通628
豊平三丁目線928
札幌駅前街角100
三越帝国銀行周辺117
藤屋鉄工場周辺59
豊平駅前585
北海貯蓄銀行周辺107
日本銀行大通変電所周辺58
拓殖銀行(元道銀)周辺25
三共ゴム北洋パルプ会社周辺25
古谷倉庫周辺61
北海製綱周辺2
狸小路1,429
南六条線1,258
横道沿線4,065
富貴堂周辺216
中山鉄工場周辺1,085
豊平橋右岸393
日本生命周辺68
松竹座周辺12
拓殖銀行北海道新聞社周辺147
丸井周辺56
向島倉庫周辺7
帝国ゴム会社周辺6
豊平製鋼周辺3
配電会社周辺1
42,851
『札幌市事務報告』(昭21)より

 この疎開跡地整備事業は、二十三年度から施行された。二十三年度は中島通(豊平2~3間)、狸小路(西1、西9~10間)、二十四年度札幌駅前通(南2~3狸小路間)、東一二丁目通(北1~3間)を単年度事業として実施した。さらに二十三~二十六年度継続事業として月寒街道、二十四~二十九年度大学石山通は大通~南六条間を幅員四五メートルに、南六~九条間を幅員二五メートルに拡幅、以下二十五~二十九年度白石円山通、二十五~二十七年度東八丁目通、二十四~二十九年度南六条通などが実施された。その他豊平三丁目通(豊平1の3~同4の3)、南一条白石通(南一条大橋南詰~白石火防線)、大通植樹帯造成(市道西八丁目通~九丁目通)が疎開跡地整理事業として上がっている(都市計画概要)。
 その中で月寒街道南四条西一〇丁目~豊平橋間の街路拡築工事は、当初計画の幅員は二五メートル(既存幅員二〇メートル)であったが、建物疎開は北側二五メートルが行われた。そこで都市計画上の必要性から計画幅員を四五メートルとして、昭和二十三~二十六年度の継続事業として実施した(札幌市都市計画)。札幌市は歩道四・七五メートル、車道九メートル、準歩道一・五メートル、植樹帯四・五メートルを両側にとり、中央に五・五メートルの車道を設ける計画とした。それに対し、強制疎開者たちで組織した疎開地返還促進期成会は、幅員を三〇メートルとし、商店街を形成して疎開者たちに生業を与えて同地区の美化をはかろうとし、市議会に請願を提出した(道新 昭23・10・13)。この後所有者側は、土地の不売運動や参議院への請願、都市計画決定をした建設大臣を相手取り行政処分の取り消し訴訟などを起こしたが、土地収用法の適用や建物撤去の強制代執行などを経て、事業は実施された。月寒街路整備事業は、二十三年からの三カ年間継続事業として開始したが、上記のような反対活動もあり、二十六年までの四カ年継続事業として完了した(都市計画概要、札幌都市計画など)。