札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第三章 札幌市の発展と街づくり

第一節 札幌の街づくり計画

二 『主要事業一〇年計画』による街づくり

 昭和三十四年(一九五九)市長が高田市長から原田市長に交代した。その直後から総合都市計画に沿った長期の事業計画を策定しはじめ、翌三十五年三月市はそれを『主要事業一〇年計画』(札幌市長 昭35・3)として公表した。
 その「序」のなかで原田市長は、この計画策定の趣旨を「今後増加する日本の人口は都市に収容する外ないが都市に集中された人口をよりよき環境のなかで、より能率的企業活動をなしうるよう配慮することは、国にとつても地方自治体にとつても最大の課題であろう。従つて自然膨張に放任して過大都市になつても乱雑な非能率的都市になつても困る。これらの街づくりは可能な限り自分達の街の将来の「あるべき姿」を想定し、長期計画に基いて総合的に順序よく進めていくべきではなかろうか」と、総合的な長期の都市計画の必要性を主張する。そして策定された計画については、「市政の責任者として今後市政を推進しようとする目標をもつべきであると考え、二五年後に包容するであろう人口八十万人(隣接地域を含めて百四万人)を対象とし、本市都市建設の骨格ともなるべき施設について思い切つた構想を描いてみた。しかしながら実現の可能性に相当の自信が得られないような構想を打ち出すことが出来ない私の性格から事業計画策定の段階に至つて結局のところ財政上の見通に一応の確信を持ち得る十年後を目標とする計画に落ち付かざるを得なかった」と二五年後を見通しながらも、財政的見通しを優先したことを吐露した。そして「この計画は現在策定されている札幌都市計画(昭和三十二年四月策定)に準拠して、十年後の人口を六十四万人」と想定した計画としている。
 また「第三節 十年計画の目的」では、どのような事業をどのように緩急をつけるかについて、「多数市民の共通点と判断されるものを重点的に採り上げる外ない」とする。そして「現在の日常の市民生活及び活動に支障を来しつつあるもの(例えば下水、道路、舗装等)」や「将来市街形成後においては実施不可能となるが如きもの(例えば区画整理等)」を優先的に採り上げるとしている。さらに施行年次についても、「人口の増加に即応して必然的に実施を必要とするもの(例えば義務教育施設、し尿処理施設等)」を優先順位とすること、政府補助金等を財源とするものはそれに即応する年次に組み入れることを考慮したとしている。
 そして一〇カ年計画の五大方針として、①街の発展の基礎となる施設(道路橋梁及び交通施設)、②住みよい街をつくる施設(上下水道を含む環境衛生及び医療施設)、③市民文化の向上のための施設(教育及び体育施設)、④社会福祉と労働施設(社会及び労働施設)、⑤商工業と農業をさかんにする(商工業及び農業振興)をあげている(広報 昭35・5、主要事業十年計画)。
 ①と②を一部紹介すると、都市計画街路などの整備、札幌駅北口の開設、駐車場の設置、道路の新設と改良、橋梁と跨線橋の増設と改築、土地区画整理事業、道路の舗装、電車・バス路線、下水道事業、水道事業の拡張の延長などである。このうち国道と道道については、後掲の表2から国や道への要望をみてほしい。市道については、篠路元町方面の約一五・五キロメートル、円山西町盤渓北の沢方面約一一・六キロメートル、白川南の沢方面約三キロメートル、不特定路線約一二〇キロメートル、合計約一五〇キロメートルの産業道路の新設と改良を行う。橋梁については、豊平川の南九条と南二二条に橋を新設することなどを計画している。全体として当初計画では、二八七億円余をもって市が施行する事業と国や道に対して要望して整備してもらう事業がある。
 この計画は、翌三十六年に豊平町が札幌市と合併することで三十七年度から改定され、『札幌市主要事業10年計画(追加事業分)』(昭37・3)と『旧豊平町域主要事業10年計画』(昭37・2)が発表される。そして旧豊平町域を中心とする区画整理、道路、上下水道、観光開発、農業対策を追加し、さらに高校の新設と工業団地造成事業を追加した。その結果、総事業費も四五七億円余に増額した。