第九編 大都市への成長
第二章 札幌市の財政政策
第二節 高度経済成長期の財政政策
二 都市計画事業と市財政
昭和三十四年四月の市長選で初当選した原田與作市長は、翌三十五年三月に「札幌市主要事業一〇年計画」を策定、公表した。原田の回想によれば、この計画は戦前の東京市長であった後藤新平の「八億円計画(東京市政要綱)」に倣い、臨時的あるいは投資的経費を数量的、金額的に積算したものであった(原田與作「私の50年 Ⅰ」「人生記録」)。またこの計画は、先に市が三十二年に策定した「札幌都市計画」に準拠したものであり、三十五年度から三十九年度までの市の予算編成方針の基準となった。
まず「一〇年計画」の全体は表12のとおりである。市は総額三四一億円を投じて(同表で一般会計事業と事業会計の合計)、(一)道路・橋梁の建設改良、土地区画整理の推進、電車バス路線の拡充、(二)上下水道の延長、河川整備、清掃施設・保健所・病院の建設、(三)学校教育施設、社会教育、体育施設の新設、(四)公営住宅・保育所・養老院の建設等社会及び労働施設の拡充などを重点的に行おうとするものであった。また極めて小額ではあるが、商工業と農業振興費も計上されている。
また事業を支える財源では、まず一般財源の中心となる市税収入を毎年八パーセントの伸びと算出し(道新 昭35・3・9)、一般会計がおこなう事業二六一億円のうち、その五五パーセントを一般財源の負担とし、残りを特定財源とした。また土地区画整理や交通事業などの特別会計や企業会計が実施する事業については、約八〇億円全額を特定財源でまかなうとしたため、これらを含めると特定財源は一九六億円となり、これからの財政運営にとっては市債や国庫補助金に依存する度合いが高くなることが予想された。 この計画を下敷きにして編成された三十五年度予算の概要を、原田市長の第一回定例市議会(同年三月)での予算編成方針説明を踏まえて示せばおおよそ以下のようになる(昭35一定会議録、道新 昭35・1・17、3・8、3・9、3・10)。 まず重点施策となる土木事業では、道路、橋梁、河川、排水路の維持管理、除雪費に一億六七〇〇万円を計上(うち「十年計画」に基く道路舗装費は一億三三〇〇万円)する他、道路新設改良費として一九〇〇万円、橋梁新設架替費四五〇〇万円、都市計画費一億五〇〇〇万円を投入する。また土木関連事業として、同年度から土地区画整理事業が特別会計として独立し、これら土木費は総額五億三〇〇〇万円となり(表10)、対前年度で三五パーセントもの増加となる。 土木費に次ぐ重点施策は保健衛生事業で、下水道の新設や雁来町の屎尿処理場の建設費、東保健所の新設費三〇〇〇万円など合計七億五〇〇〇万円を計上し、前年度予算に比較して伸び率は二一パーセントになった。またこれら下水道の建設や道路の建設、そして次にあげる学校の建設費には市債を充当するとした。 この他には、教育費では、総額七億八〇〇〇万円のうち、「スシ詰め」授業の解消と老朽校舎の改築を目指す「十年計画」に基き、小中学校と高等学校の新増築並びに改築費四億八〇〇〇万円を計上する他、社会労働施設費では、養老院建設費、保育所開設費、児童育成施設に対する助成費が、産業経済費では、全道木工展開催助成、北海道高等溶接学校の増築資金貸付金などが盛り込まれた。 歳入では、市は、企業の進出やビル建設による市民税の法人割、そして市の周辺部での市街化=宅地化の進展による固定資産税の家屋分の増徴に期待をかけていたこともあって、市税が二五億六〇〇〇万円で歳入総額の半分を占めた(表7)。 企業会計では、交通事業の予算総額二〇億五〇〇〇万円のうち、四億六〇〇〇万円を市電琴似線の敷設、白石バスターミナルの建設、藻岩山ロープウェイ施設の拡充などの新規事業に充当することにした。また水道会計では、起債によって新浄水場を建設するほか、翌年度には琴似、幌北、宮の森地区の配水管を敷設する計画を立てた。 総じて「十年計画」の初年度にあたる三十五年度予算は、道路、学校、下水道の建設を三本柱に据え、市税と市債の発行によって財源を調達しようとしたのである。 三十六年度予算は、「一〇年計画」の第二年度にあたり、前年度予算と同様に道路建設と下水道の拡充、そして校舎の新増築に重点が置かれた。すなわち、道路橋梁費に五億五〇〇〇万円など土木費に八億五〇〇〇万円、下水道の新設改良費に二億四三〇〇万円(本年度から下水道事業が特別会計として独立)を投入するほか、小中学校の新増設など教育費二億二四〇〇万円、市営住宅新改築一億三一〇〇万円、屎尿処理場建設一億二二〇〇万円、保健所と衛生試験所新築費一億一〇〇万円などを一般会計の新規事業費とした。この他にも市の職員の給与を国家公務員の給与改定に準じて平均一二・四パーセント引き上げたため、人件費が特別会計を含めて三億円の増加となった(表10、道新 昭36・1・26、1・27)。 企業会計では、水道事業の歳入にあたる水道料金が四月から二三パーセント値上げされた。この値上げによって、翌三十七年度の水道事業費は対前年度三七・八パーセント増の六億五二〇〇万円となったが、それでも末端設備の建設が追いつかず、給水管敷設が前年度よりも二三〇件減少した他、下水道も幹線工事延長のしわ寄せを受けて支線は一三キロメートルの延長にとどまった(道新 昭37・3・20)。 こうした教育費と土木費が急膨張するという歳出構造は以後も続いた。まず昭和三十七年度の当初予算総額は一四九億二〇〇〇万円(うち一般会計は八三億円)で、前年度当初予算に対して三六パーセントの伸びという空前の膨張予算であった。なかでも小中学校と高等学校の新増築に伴う教育費(総額一四億二〇〇〇万円で対前年度六七パーセント増)、及び道路の新設・拡幅・舗装、橋梁の新設架替(南9条・南22条橋ほか)などで土木費(同一〇億五〇〇〇万円で二四パーセント増)、そして鉄工・木工団地造成、中小企業の金融対策資金の増額などで産業経済費(同三億四六〇〇万円で同六〇パーセント増)が顕著な伸びを示した。そのうち産業経済費には、農業地域である旧豊平町を合併することにより(三十六年五月)、農村振興と中小企業の育成を目的に、園芸振興対策費(ビニールハウス設置補助金)として一五〇〇万円が初計上されたが、金融対策資金(一億三〇〇〇万円)や琴似工業団地での機械貸与資金(三九〇〇万円)、工業奨励補助(三四〇〇万円)などと比較すると僅少な額にとどまった(道新 昭37・3・25)。 教育費と土木費の急膨張を特徴とする歳出に対して、歳入では、市税が四〇億二〇〇〇万円(そのうち旧豊平町分は、二億七〇〇〇万円)を占めた他、地方交付税が、豊平町の合併、給与改定の平準化、地方交付税法の改訂を見込んで一挙に三億円計上された(表7、昭37一定会議録)。 また歳入項目では、使用料手数料に入る屎尿汲取手数料を五〇パーセント値上げした。この値上げによって、標準的な家庭の負担は二カ月に一度の汲取りで三〇〇円から四五〇円に増加すると予想されたが、その背景には、この頃から化学肥料の普及による屎尿の農家還元が困難となり(当時市では、屎尿の半量を北光と雁来の処理場で化学処理し、残量を貯留槽に蓄積して農家に販売していた)、また貯留槽用地の入手難も重なって、処理場の建設が不可避になるという事情があった。ちなみに市では、このペースで処理場の建設が進んだ場合、四十二年度からすべての屎尿を化学処理できるとしていた(道新 昭37・1・17、3・15)。 三十六年五月に市は豊平町を合併する。この措置に伴う当年度予算への影響を整理すると以下のようである。まず歳入面では、豊平地域に対して合併後市の標準税率を適用した場合の市民税の減収は四二〇〇万円と見積もられた。これに対して歳出では、合併に伴う諸経費の増加額が一三〇〇万、反対に節減額は一七〇〇万円と見積もられたので合計四〇〇万円の減少となった。したがって合併後の市の負担は三八〇〇万円と算出された(十期小史)。また旧豊平地域では、市税と使用料・手数料が市の水準並に改定されるので、固定資産税と水道料金が若干の値上げとなった(道新 昭37・1・27)。 三十八年度予算においても、予算配分の重点項目は、道路整備、橋梁の新設架替、下水道の整備、区画整理、住宅団地の増設、学校の新設(小学校九校を新増築・中学校二〇校を増改築)など、土木費と教育費であった。また政策予算としては、札幌駅北口の開設費(駅舎建築費の一部負担)と農業センター建設費、および国民健康保険の世帯主七割給付に伴う負担金の増額分が計上された。いっぽう歳入では、引き続いて市内の宅地化を見込んで、市税(二〇パーセント増の四八億円)、手数料(一八パーセント増の七億五〇〇〇万円)の増収に期待をかけた。 まず道路整備については、市は三十八年六月に総額一五億円の「道路緊急整備三カ年計画」を策定している。その予算措置は、①舗装道路延長費四億二三〇〇万円(総延長三二・六キロメートル)、②砂利道整備費八億八六〇万円(路盤改良八九・五キロメートル・アスファルト吹付け一一四・七キロメートル・新設道路特別処理三〇キロメートル)、③土木機械購入整備費一億六八〇〇万円で、当年度はこのうち三億円(舗装費五四〇〇万円および砂利道整備費一億二九〇〇万円、土木機械購入一億一七〇〇万円)を手当てした。 またその財源は、当年度分三億円については特定財源として道路公債を発行することとしたところ(年利七・四パーセント、償還期限 一四年)、トラック、ハイヤー、観光業界など市内一〇団体が引受けの意思を表明したのに加えて、北海道経営者協会、札幌商工会議所、道バス協会がそれぞれ二億円を引き受けるなど、一五億円すべてを道内の諸団体が分担することになった(道新 昭38・7・2、7・3、39・4・21)。 道路整備と並行して、三十八年度から三カ年の継続事業で総額一七億五四〇〇万円を投入して札幌駅前南一条~四条までの拡幅工事が行われることになった。そして当年度新設の「札幌駅前通整備事業会計」に、市街地改造事業費八七〇〇万円と街路拡幅事業費一億三五〇〇万円が予算計上された(表11、十期小史)。 その他、産業経済費としては、中小企業の金融対策費として一億八〇〇〇万円が盛り込まれて同費総額の半分を占め、その他には農業振興対策貸付資金二〇〇〇万円、園芸振興対策費一四〇〇万円が目立った項目である。しかし、主要事業十年計画では商工業及び農業振興費が一億九七〇〇万円計上されていたが(表12)、三十七年度までに予算を達成したのはその四パーセント、わずかに六〇〇万円であった(道新 昭38・3・6)。 三十九年度予算の重点施策も、急激に拡大する市街地対策としての道路整備、区画整理、団地造成であった。このうち道路整備については、前述の「三カ年計画」の第二年度にあたる本年度には、緊急整備費として六億円を充当した。加えて住宅費として、市営住宅二五七戸及び引揚者用改良住宅四八戸の建設費三億円(うち一億六〇〇〇万円は国と道からの補助に依存)を計上したことも響いて、土木費総額は前年度のほぼ二倍の二〇億円にはねあがった(表10)。教育関係では、三小学校新設、中学校一四校の増改築、市立体育館の建設などが当年度の主要事業となった。さらに民生関係では、炭鉱離職者を対象とする生活保護費が三億円増加して総額では一六億円を突破した(道新 昭39・3・5)。 また政策予算には、物価対策費と中小企業育成費が計上された。そのうち物価対策としては、消費者対策費(消費者教育と業界指導)五九三万円を初計上したほか、「高い野菜」対策として、中央卸売市場の整備と農林関係費を増額した(低利資金を融資して野菜貯蔵庫やビニールハウスの建設促進)(道新 昭39・1・12)。 ここで三十五~三十九年度の補正予算について簡単にふれておく。三十五年度では、土木費と市職員及び特別職の給与改定など総額七億四九〇〇万円、三十六年度では、豊平町の合併に伴う補正をはじめ、中島公園の日本庭園築造費、集中豪雨による災害復旧費、真駒内小学校校舎買収費、オリンピック招致調査費など総額一〇億四〇〇万円が計上された。 三十七年度においても、舗装道路新設改良費、災害復旧費、第四屎尿処理場用地購入費、オリンピック招致宣伝費、基準改定による生活保護費増額(保護世帯は約六〇〇〇世帯)などで総額八億二三〇〇万円と前年度に続いて大型の補正予算が組まれた(十期小史)。三十八年度は、仮庁舎建設費、国鉄のディーゼル車増発のための鉄道利用債引受けなど総額四億六二〇〇万円、三十九年度は職員の給与改定費として五億一〇〇〇万円が計上された(十一期小史)。 |