札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第一章 戦後札幌の市政と行政

第三節 高度経済成長と札幌市政

二 新産業都市指定と市政の対立

 前期市議会の昭和三十三年三月予算議会から、本会議の総括質問が各派の代表によって行われるようになっていた。今期から市議会運営は各党各会派の交渉を基本になされるようになった。またこれまでしばしば紛糾を生じてきた議会の役員人事においても、各党各派の交渉によって按分比例方式が採用されるようになった(十一期小史)。
 これにともなって議会運営は本会議中心から常任委員会中心へとそのあり方が大きく変化した。さらに従来常任委員会は陳情、請願の処理を主な役割としていたが、陳情、請願の有無に関係なく積極的に市民や関係者との懇談会などを開催するようになった。高田市政末期の三十四年一月八日には国民健康保険および下水道条例についての懇談会が開かれ、原田市政になってからは、たとえば文教委員会が高校通学区域変更に関する関係二六団体との懇談会(昭40・6・25)や時計台の永久保存に関する懇談会(昭41・10・7)を開催、建設委員会は三角山の緑保護問題について関係者を事情聴取(昭39・6・13)、その他にも物価問題や救急医療体制などで各委員会が動いた。
 また以前より市は学識経験者等による協議会などを設置して行政に当たってきたが、昭和三十年代も半ば以降になると、さらに行政の範囲が拡大し、内容も複雑化し始めたため、審議会や協議会などが多用されるようになった。たとえば、国保運営協議会(昭34・6設置、以下同)、札幌市煤煙防止対策審議会(昭35・10)、札幌市消費生活物資対策審議会(昭38・6)、札幌市義務教育学校整備統合審議会(昭38・8)、公害対策審議会(昭39・3)、市営企業等調査審議会(昭40・12)、特別職報酬等審議会(昭39・11、昭43・3、昭45・8)、庁舎建設協議会(昭43・3)、長期総合計画審議会(昭44・7)などが設置された。