札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

序章 占領期から百万都市へ

二 札幌圏一極集中の開始

 昭和二十年の札幌市は、世帯数四万五九〇五戸、人口二二万一三九人の中規模程度の都市であった。これは、太平洋戦争突入時の十六年には世帯数四万五二二七戸、人口二二万四七二九人であったから、戦禍を避けるため疎開等があったので一時的に人口の減少を示したものである。戦後の札幌は、戦時下の経済統制がもたらした経済効果から出発した。たとえば、商業取引上において全道に占める比重は高まり、港都市小樽、函館が戦前にみられた経済的繁栄と優位性を失うにしたがって、札幌はますます北海道経済の中心地としての性格を強く打ち出してきた。二十五年に始まった朝鮮戦争は、札幌も一時的な好況の波を受け、この頃から通勤、通学をはじめ、札幌に往来する人口が著しく増加し、二十六年以降は、道外からの観光客も多く来道するようになり、札幌は北海道観光の基地としても活動しはじめ、昼間人口が夜間人口よりはるかに増加したのもこの時期以降である。
 次に人口の推移を具体的にながめてみる。戦後は、復員、引揚、進駐軍傭員の転入、産業の回復のため全国的な人口の都市集中化にともない、札幌市も急激な人口増加をみせた。二十一年から二十四年にかけての四年間は、戦後最初のベビーブーム期を迎え、毎年出生数九〇〇〇人、出生率三三(人口一〇〇〇対)の高率を示した。しかし、二十四年の出生数九七〇八人をピークに、二十五年には八三四五人と急速に下降しはじめ、二十九年には、出生数七〇八一人、出生率一九・一を示し、明治三十二年以来の最低率を記録した。出生率の低下の原因として、人工妊娠中絶の増加のうえに、受胎調節の普及が加わった。ベビーブームは一時的な人口増をもたらしたものの、昭和三十年以降は、隣接町村との合併する時期に入り(昭25札幌村の一部および白石全村、昭30篠路村・琴似町・札幌村、昭36豊平町、昭42手稲町)、市域を拡大するとともに(図1)、高度成長期における全国的な人口の都市集中化傾向に呼応して人口は急激な増加を続けた。

図-1 市域変遷図

市域の変遷
番号年月日面積(km2)備考
明治 4年12月  5.492札幌創建当初
 〃 15年 2月 8日13.472三県分立当初
 〃 19年12月31日14.557北海道庁設置時代,中島公園の区域編入
 〃 43年 4月 1日24.169豊平町・白石村・札幌村・藻岩村の一部を編入,
区の一部を琴似村に分割
昭和 9年 4月 1日29.274札幌村の一部を編入
 〃 16年 4月 1日76.254円山町と合併
 〃 25年 4月 1日76.657札幌村の一部を編入
 〃 25年 7月 1日133.168白石村と合併
 〃 26年 4月 1日133.487広島村の一部を編入
 〃 30年 3月 1日287.666琴似町・札幌村・篠路村と合併
 〃 30年 4月 1日286.666江別市と交換分合
 〃 30年10月 1日284.15国土地理院の改測による
 〃 36年 5月 1日1,008.67豊平町と合併
 〃 42年 3月 1日1,117.98手稲町と合併
 〃 48年12月 1日1,118.01小樽市の一部を編入
 〃 63年10月 1日1,121.18国土地理院の改測による
平成 3年 4月 1日1,121.12国土地理院の境界修正による
『札幌市勢概要』(平11)より。

 表1により、戦後の人口増加の推移をみると、特に高度経済成長期後半の三十五~四十年にかけての増加が顕著であり、全国的な人口の都市集中化傾向と、さらにエネルギー革命による道内産炭地からの炭鉱離職世帯の流入という特殊要因が加わって、年平均増加率一〇・三パーセント(増加数五万四〇〇〇人)の伸びを示した。その後、四十~四十五年にかけては、かつて人口移動の原動力であった農家世帯員の絶対数の減少、流出余力の低下は、道内郡部からの流入人口の鈍化を招き、札幌市の実質ベッドタウンである江別市の道営大麻住宅団地への流出増大などが要因となり、年平均増加率五・四パーセント(増加数四万三〇〇〇人)と減少傾向を示した。しかし、その後、四十五年十月の国勢調査時において一〇一万一二三人と、「百万都市」が誕生、さらに四十七年二月の札幌オリンピック冬季大会の開催、四月の政令指定都市移行を契機として、再び人口増加の度合を強める傾向となる。
表-1 札幌市の人口の増加状況と全道人口に占める割合の推移
年次札幌市北海道
総人口
(人)
5年間1年あたり平均全道人口
に占める
割合(%)
総人口
(人)
増加数
(人)
増加率
(%)
増加数
(人)
増加率
(%)
昭25313,85093,71142.518,7428.57.34,295,567
 30426,620112,77035.922,5547.28.94,773,087
 35523,83997,21922.719,4434.510.45,039,206
 40794,908271,06951.754,21310.315.45,171,800
 451,010,123215,21527.043,0435.419.55,184,219
『国勢調査報告』各年より作成。

 今度は、図2により、人口年齢別構成を二十五年と四十五年の国勢調査結果をもとにして比較してみる。二十五年の場合、人口は三一万三八五〇人で、ベビーブームの影響として〇~四歳人口が他のいずれの年齢別人口よりも多いのが特色である。それが二〇年後の四十五年の場合、人口は前述したように一〇一万一二三人に膨張し、男女ともに全体的な増加はもちろんであるが、特に男女ともに一五~三九歳の若・壮年層が四~六万人台を維持するという巨大ピラミッド型を形成しているのが特色である。また二〇~二四歳男女がともに突出しているのは、ベビーブーム世代を表している。

図-2 札幌市人口年齢別構成(昭25・45)

 ところで、増加人口に占める社会増加と自然増加の割合ではどうであろう。「住民基本台帳人口」の三十五~四十五年の間において次のことがいえる。三十五~四十一年にかけては社会増加(転入と転出の差)が七〇~八〇パーセントを占め、自然増加(出生と死亡の差)が二〇~三〇パーセントと、社会増加の割合が極めて高かった。これが、四十二~四十五年にかけては、全国的な人口の都市集中の弱まりによる社会増加の割合の減少と、逆に四十年代に若年層の集中、住宅事情の好転、所得水準の向上などにより出生率が上昇したことなどが要因となって、自然増加が三五~四〇パーセントと相対的にその比重が高まった。