札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第4巻 通史4

第八編 転換期の札幌

第七章 社会生活

第二節 社会政策の展開

三 救済政策の展開

 昭和七年一月二十三日、札幌市役所では方面委員約六〇人の伝達式を豊平館で行ったが、この中に女性委員三人が含まれていた。橋本キヨ子(札幌市長夫人)、久保キヌ子(札幌商工会議所会頭夫人)、藤原ヒデ子(北大予科教授夫人)である。当時の新聞は「かくの如き一市を代表する教養婦人が敢然街頭に進出することはすこぶる好感を以て迎へられ婦人団体の動向としても新しき力を与へる」だろうと歓迎している(北タイ 昭7・1・24)。その後十一年には、方面委員四二人中女性委員は六人に増え(北タイ 昭11・6・27)、女性委員の任務の範囲が広がった。たとえば、ある女性方面委員は新聞記者の質問に、女性委員の仕事は妊産婦と児童虐待保護にある、ときっぱり述べている(北タイ 昭10.7・7)。十年八月二十四日、道庁社会課と札幌市社会課が共催で、市役所を会場に女性方面委員三人と方面委員夫人一〇人の座談会を開いた。ここでは方面委員助成会の資金集めの苦労や、要保護者の精神的救済の必要性、家庭問題解決の喜びなどが遠慮がちに語られた(北タイ 昭10・8・25)。この模様は、日本キリスト教婦人矯風会機関誌『婦人新報』で全国に紹介された(婦人新報 昭和10年10月号)。日中戦争以後も女性方面委員の活躍は続く。