札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第4巻 通史4

第八編 転換期の札幌

第七章 社会生活

第一節 札幌市民の生活史

三 諸団体の活動と生活改善運動

 市史第三巻でも述べたように、大正十年から生活改善運動が開始された。大阪商業会議所の趣旨によれば、消費節約、時間励行、ガス・電気・水の節約等々で(札幌商工会議所八十年史)、札幌商業会議所でもそれをとり入れて、毎月一日と十五日を「節約デー」と宣伝するなど、商業会議所がとりわけ積極的であった。これは文部省の外郭団体である生活改善同盟会の指導のもとで行われた。
 北海道庁でも、大正十一年八月一日から道庁主催で、第一回社会改善講習会と銘打って、社会問題、婦人問題、社会教育、民衆娯楽等の演題で講演を行ったり、八月十日からは北海道聯合教育会、愛国婦人会道支部、北海道聯合青年団、北海道社会事業協会等の共催で、中島公園の拓殖館を会場に社会改善資料展覧会を一〇日間にわたって開催した。展示内容は、人口統計をはじめ、パン食宣伝、運動奨励服装改善、主婦の家庭作業、衛生統計などがあり、一日五〇〇〇余人の入場者があり、関心の度合いは高かった(北タイ 大11・8・2~19)。
 このように、生活改善あるいは社会改善の名称で開始された社会改善運動は、第一次世界大戦後の不況の中から生まれた。その運動のねらいとしては、生活の向上を、「合理的な無駄のない即ち打破らなければならない因襲生活、改むべき不緊張極まる生活を戒しめて文化に順応した暮しをすること」(北タイ 大11・11・28)に目標を置き、その実践にあたった。その第一として、同年十二月十二日札幌生活改善会(会長札幌市長、副会長札幌商業会議所会頭)が発足、実行細目には時間励行、日常生活費の緊縮、家庭経済に関する知識の普及、虚礼廃止等が盛り込まれていた(北タイ 大11・12・6~13)。同時に札幌生活改善婦人会(会長高岡愛子)も発足し、おもに虚礼廃止、家庭用品の合理化の運動を担った。
 第二として、札幌市役所社会係でも、市の事業の一環として社会改善講話会を大正十一年十月を皮切りに継続して行った。十一年十月から十二年十一月までに計三一回開催され、内訳を示すと、細民慰安三、生活改善六、消費節約六、社会改善一六となっていた。翌十三年一月から十一月までの間では、計三二回開催され、国民精神作興と勤倹貯蓄がともに一三と大半を占めていたことがわかる。特に、十三年十一月には第一回の勤倹週間が実施され、表14に示したような行事内容が、官庁、学校、寺院、教会、各種団体単位で行われるようになった。
表-14 第1回勤倹週間実施行事
曜日月日行事内容
11.10 時間尊重デー定時を励行し時間をむだにせぬやう致しませう
11.11 貯金デー貯金をしたり保険に入りませう
11.12 勤労デー早起して精一杯働きませう
11.13 保険デー保険をつけたり貯金をしませう
11.14 節約デー酒、煙草、白粉、香水等を節しむだのないやうに品物を使ひませう
11.15 貯金デー貯金をしたり保険に入りませう
11.16 奉仕デー下水や道路を掃除しませう
札幌市事務報告』(昭13)より作成。

 以後も社会改善講話会、勤倹週間は年々盛んとなり、十四年の場合、講演会は四六回、勤倹週間は四回も実施され、国産品愛用や公共と奉仕が加えられた(札幌市事務報告)。
 長引く不況は、生活改善の好機到来と捉えられ、因襲打破、虚礼廃止が一層叫ばれた。昭和四年三月には、札幌琴似村生活改善同盟会が設立され(北タイ 昭4・3・13)、十一年八月には北海道農村生活改善協会が、道庁後援のもとに札幌市立高女を会場に、栄養と食物、衛生と疾病といったテーマの農村生活改善講習会を開催することにした(北タイ 昭11・7・9)。