札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第4巻 通史4

第八編 転換期の札幌

第六章 社会運動と女性問題

第三節 農民運動

二 昭和前期の小作争議

(二)藻岩村西野学田地の争議

 札幌藻岩村(現・中央区を中心とする地域、昭13町制施行円山町と改称、16・3札幌市に編入)の円山小学校が同郡手稲村大字上手稲村西野(現・西区西野)に所有する学田地において、昭和初期に起きた小作争議である。昭和五年頃から小作人による小作料減額運動が毎年のように繰り返されるようになり、十年から十一年にかけて一つの頂点に達した。そして、小作側は学田地の解放を求めた結果、円山町札幌市に編入される直前の十六年一月、自作農創設維持法により、総額七万三三一八円で同町から学田地小作人に売却処分されたのである。
 この争議に関しては、旧小作人の立場からまとめられた、西野用水共有地組合編『円山学田地小史』がある。一方地主である藻岩村(円山町)の役場史料も若干ではあるが残されている。そこで、これらの史料によりながら争議の概要を明らかにしておこう。なお、この学田地は通称「円山学田地」と称されているが、後掲史料では「西野学田地」または「手稲村学田地」と呼んでいる。
 円山小学校に手稲村西野の学田地三〇万坪が付与されたのは、明治十七年五月のことであった(三関武治 藻岩村概史)。当初は移住者が少なく、炭焼きを入地させていたが、明治二十六年頃から移住・定着する者が徐々に増加、発寒川から取水して水田の造成にも取り組んだ。この結果、大正末期には水田五〇余町、畑も二〇町を越え、相当の収穫があったようである。
 明治三十九年四月、円山村と山鼻村が合併し、二級町村藻岩村が設置された。この際、教育費特別会計制度ができ、大字円山村では、学田地小作料の中から一定金額を教育費に繰入れ、住民の教育費負担の軽減に大きな役割を果たすようになったという。
 大正十二年十二月末現在では、藻岩村の円山学校の基本財産は土地一〇七二反(三二万一六〇〇坪)に対し、山鼻学校は五二三反(一五万六九〇〇坪)となっている。同年度の藻岩村の教育費特別会計は円山教育費と山鼻教育費とから成立しているが、その歳入と歳出の内訳をみると表11のようになっている。この表で円山、山鼻の両校を比較した場合、歳入における国庫下渡金や地方費補助金にそれほどの違いはない。しかし、両校で決定的に異なっているのは、円山学校では、財産より生ずる収入として四三八九円が計上され、歳入の約一六パーセントを占めていることである。この金額は、山鼻学校の場合でいえば歳入の約四五パーセントにも達する額である。同年度の藻岩村の戸数は、大字円山村五五〇戸、同山鼻村二二九戸の計七七九戸であるから、一戸当りの教育費は、円山小学校が五一円三〇銭、山鼻小学校が四二円八〇銭、全村の平均は四八円八〇銭となる。円山村の場合、前述のように四三八九円の特別収入があり、これは一戸当り七円九八銭という金額である。したがって、学校の敷地買収と校舎の増築という大事業を実施したにもかかわらず、一戸当りの実質的な教育費負担は四三円三〇銭弱となり、山鼻学校とそれほど変わらない金額となっている。そしてこの特別収入は、昭和元年度(五〇三一円)、二年度(五六〇〇円)とほぼ一定の額で推移しており(北海道札幌藻岩村勢一班)、円山小学校に関係する住民の教育費がある程度軽減されたことは事実であろう。
表-11 藻岩村の教育費特別会計(大正12年度)
区分科目円山学校山鼻学校
歳入国庫下渡金718円2.54%765円7.80%
地方費補助
財産より生ずる収入
雑収入
繰越金
村税
寄附金
5
4,389
1
11,100
2,015
10,000
0.02
15.55
0.00
39.32
7.14
35.43
5


3,700
3,832
1,500
0.05


37.75
39.09
15.30
28,228100.009,80299.99
歳出教育費
予備費
敷地買収費
校舎増築費
8,028
100
10,000
10,100
28.44
0.35
35.43
35.78
5,752
50

4,000
58.68
0.51

40.81
28,228100.009,802100.00
北海道札幌藻岩村勢一班』(大12)より作成。