札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第4巻 通史4

第八編 転換期の札幌

第二章 市制施行と行財政

第七節 地域自治と治安

一 住民組織と町内会の成立

 町内の親睦と地区の発展を目的とした本格的な住民組織が形成されてくるのは、明治四十四年以降である。四十四年に桑園会隆西会山鼻倶楽部、翌四十五年には第十区親交会、相和会などが相次いで創設されていく。この時期の札幌は、四十三年三月に苗穂、豊平、白石、山鼻が札幌区に編入されて都市圏が拡大されるとともに、さまざまな都市問題が発生したり、生活改善などの問題に直面する時期でもあった。
 桑園会(幹事長・篠原要次郎)は「専ら同地の繁栄策を講」ずるものとされ、大正三年二月の総会では停車場桑園駅新設の請願(大13・6・1設置)、第二中学校の敷地残余処分の件などを協議しており(北タイ 大3・2・10)、地区の発展と振興を検討・協議する組織であったといえる。
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写真-14 桑園会桑園自治会を生み出した発展する桑園(昭6)

 山鼻倶楽部は屯田兵の社交組織として明治二十七年に設立されたものであるが、明治四十四年に山鼻倶楽部の建物の完成と同時に、町内全体の社交組織に改組されたものである。後に山鼻自治会の「物質的施設」に対して「精神的方面の施設」をなすとされ、生活改善、家族慰安、教養活動などを行っていた(北タイ 大14・8・30)。
 第十区親交会(常務理事・金子久吉)は第十祭典区を地区とし、「町内の発展を期し隣保和合、親睦を計り相互の利益を増進する」目的とされているが、会員は毎月一口一円の積立貯金をすることとされている。そして積立金は会員の災害、不幸への贈与、あるいは低利融資をするとされており、会員制の扶助・融資組織であった。大正四年度までの積立金は六二〇〇余円にのぼっており(北タイ 大5・1・14)、この積立活動が主眼となっていたようで会員も商工業者に限られたものであったろう。
 以上は地区も広範囲にわたり、地区住民の組織率も限られたものであったが、町内会に近い組織として創設されたのが、次の隆西会相和会であった。隆西会(会長・隅土次郎)は隣保和合、風紀矯正、福利増進の三カ条を遂行する目的で明治四十四年二月二十五日に創設され、会員は一〇〇人に達する「自治的平和懇親」の「家族団体」であり、毎年海水浴も行っていた(北タイ 大6・8・14)。各町ごとに一八人の幹事を置く組織であり、各戸を網羅した初の本格的な町内会組織であったとみられる。隆西会は南一条西五丁目(新川)以西を地区としたが、この会にならって四十五年五月十二日に設立されたのが相和会(会長・増永岩吉)であった。相和会は南二条西五丁目(新川)以西を地区とし、「隣保相親和し風紀を振粛し所謂札幌時間なる悪弊を矯正し慶弔慰問、火防注意、衛生保護、積金法、時事問題等を討究する」と、活動も多種におよぶ目的をもっていた。
 この時期は住民組織の萌芽期であって、各地区に網羅的に創設はされておらず、組織の目的・活動・性格も地域自治・振興、住民親睦・社交、扶助・融資などの形態に分かれていたといえる。