札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第4巻 通史4

第八編 転換期の札幌

第二章 市制施行と行財政

第五節 「札幌圏」の形成と諸町村

三 諸町村の基盤と構成

 昭和五年から七年にかけての凶作により疲弊し、窮乏した農村の更生のために北海道庁では七年十二月に農山漁村経済更生計画を策定し、各町村を指定して計画の樹立と指導・実行を求めていった。主要な計画項目は①負債整理、②労力の分配及び利用、③生産増殖及びその統制、④販売・購買の統制、⑤消費節約、⑥自給生活の拡充、⑦備荒貯蓄の七項であった。石狩支庁管内でも七年から五年計画で一六カ町村のすべてにわたって経済更生計画の樹立を進めていった。七年に琴似村、八年に豊平町手稲村が指定を受け、さらに十年には札幌村、篠路村、十一年には藻岩村白石村が指定となっていった。
 経済更生計画の指定村では、まず経済更生委員会を設置して計画の大綱を定めるとともに、農家の経済・経営などの詳細な基礎調査を行った上で更生計画を立案していった。たとえば篠路村では十年一月に経済更生委員会が設置され、十三年八月に「経済更生計画書」が策定されたが、更生計画としては以下の産業、生活、教育などの諸項にわたって改善・更生の目標を定めている。①農村精神の振作並びに教育の振興、②農業経営改善、③土地改良、④防護樹の植栽、⑤備荒施設、⑥負債整理、⑦生活改善、⑧産業組合事業の拡充、⑨自作農創設維持、⑩運輸交通。実行に当たっては総務、産業、経済、社会、教化の五部から成る実行委員会を設置し、委員には村内の各種団体・組合の代表、村議、学校長などが網羅されており、村挙げての取り組みが示されていた。そして計画の重点目標としては、以下の四項が挙げられている。
一、国民精神総動員運動ノ徹底ヲ期スルコト。
一、生産力ヲ拡充シ国家資源ノ培養ニ努ムルコト。
一、軍需農作物及家畜ノ生産ヲ確保スルコト。
一、応召農家ノ生活安定幷ニ産業ノ進展ヲ図ルコト。

 日本は十一年七月より日中戦争に入って本格的な戦時体制に突入したこともあって、重点目標も著しく国家主義的な色彩が濃くなっていた。本来、経済更生計画が目的としていたのは農家の窮乏救済、農村の復興であったのであるが、それは国家への総動員体制へと組み替えられていき、一方では十年以降には豊作、戦時特需による好況により農村経済が回復するにしたがい、経済更生計画も自然消滅することになる。
 白石村も十一年に経済更生計画指定村となるが、これにあわせて「白石村是」が同年四月に制定された。これは、
現下ノ非常局面ハ自力更生、経済更生、冷害克服ノ必要ヲ痛感ス。開村以来不文ノ村是ヲ以テ和衷協同、実践躬行(きゆうこう)以テ今日ノ村勢ヲ致セリト雖モ、今ヤ更始一新挙村力行ノ旗幟ヲ鮮明ニシ時勢ノ推移ト本村ノ実情トニ鑑ミ、茲ニ村是ヲ定メ以テ村民ノ指標ヲ確立スルト共ニ自治ノ真蹄(諦カ)ヲ透徹シ、村民ノ福利増進ノ安定トヲ期セントス。

とその目的を述べ、①自治振興、②民風作興、③財政確立、④役場事務改善、⑤教育振興、⑥社会事業振興、⑦産業振興、⑧運輸交通の発達、⑨保健衛生の改善と防火思想の普及、以上の九項目に関する事項が大項として定められている。また別に、「国民精神ヲ涵養振作」し「本村ノ民風ヲ作興改善」するために、「白石村教育是」も制定されていた。
 この時期、諸町村は凶作、不況との深刻な葛藤の中で地域的特性を活かしたムラ、マチづくりが進められていく一方で、「札幌圏」の形成に即してそれに包摂されながらも、諸町村はともに独自の自立した基盤構成へと向かう動きをみせていくことに特徴があった。しかしながら、それらの動向は戦時の国家的統制下に入ったために、いずれも停滞を余儀なくされていった。