札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第4巻 通史4

第八編 転換期の札幌

第一〇章 国家神道と宗教の展開

第一節 国家神道と神社

三 祭典区と信徒組織

 札幌敬神講社は大正十五年一月十五日に、札幌神社にて発会式及び奉告祭が行われて設立された。同社は、「国民道徳の本源たる敬神の念を一層深からしむ目的の下に、官幣大社札幌神社を崇敬し祭典其他の事業を奉賛せん為、札幌市民全体を講員とし」て創設されたものであった(北タイ 大15・1・14)。同社は従来の祭典区委員会の組織を改組し、「規約」によると「官幣大社札幌神社ヲ崇敬シ、祭典及維持拡張ニ関スル事業ヲ翼賛スルモノトス」とされ、講員は「札幌区民全部」とされ、区域は従来の祭典区を踏襲していた。また、「講社ヲ代表シ、講務ヲ統轄スル」総長には札幌市長が推薦・就任するものとされていた(北海道神宮史 上巻)。その他、組織としては各祭典区から三人の代表委員が選出され、その中から二名の理事と一名の理事長が選ばれ、札幌神社宮司は顧問とされていた。「規約」は京都の平安神宮の奉賛組織である平安講社の規約を参考に作られていた(北海道神宮維新勤王隊七十年誌)。
 札幌敬神講社の創設は「作興詔書」の実践と敬神思想の強化が背景にあった。しかしながら現在の立場からみれば、「札幌区民全部」が半ば強制的に講員となり、しかも札幌市長が総長となる点などに宗教の自由、政治と宗教との分離の原則に抵触することに問題があったが、これ以降、主に札幌祭りの運営、札幌神社の整備などに関して重要な役割をはたしていく。
 これに続いて藻岩村でも、円山敬神講社が同年五月九日に発会式を挙げて設立されている。同社は「官幣大社札幌神社を崇敬し国民道徳の向上、精神の作興を図り祭典及維持に関する事業を翼賛し、併せて部落民の親睦を図るを以て目的」とし、「円山部落民全員が講員」とされていた(北タイ 大15・5・10)。藻岩村の円山地区では明治二十九年に札幌神社崇敬講をつくっていたが、円山敬神講社はこれをもとに成立したものである。札幌市と円山地区が札幌神社への奉仕、祭典の実行組織として協調して両敬神講社の創設を図ったのであった。