札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第3巻 通史3

第七編 近代都市札幌の形成

第一〇章 宗教活動の社会的展開

第二節 寺院と「市民仏教」の展開

一 寺院・仏教と地域社会

 各教団、宗派では教勢拡張のために、宗教的にも未開地であった北海道の布教に力を注いでいた。そのために法主、貫主、管長や高僧、仏教学者の来道も相次ぐが、その折には必ず布教の拠点とされた〝宗都〟札幌に立ち寄っていた。明治後半期に来札した主な人物は以下のとおりである。
32年 8 月 大谷光演(大谷派東本願寺法主)
33年 6 月 山下現有(東京、増上寺住職)
33年 7 月 豊永日良(身延山貫主)
33年 8 月 大内青巒
34年 9 月 神谷大周(浄土宗)
34年10月 華園沢称(真宗興正派管長)
36年 8 月 大谷尊重(西本願寺連枝)
36年 8 月 加藤恵証
37年 6 月 大谷尊重(西本願寺連枝)
37年 7 月 神谷大周(浄土宗大学院校長)
37年 8 月 加藤咄堂
39年 5 月 神谷大周(知恩院門跡代理)
39年 5 月 大谷光演(大谷派東本願寺法主)
39年 8 月 大内青巒
39年 9 月 大谷光瑞(本願寺派東本願寺法主)
39年 9 月 石川素童(曹洞宗管長)
40年 2 月 釈元恭
40年 9 月 豊永日良(身延山貫主)
40年 9 月 南條文雄(文学博士、大谷派)
40年11月 井上円了(文学博士、大谷派)
41年 7 月 新井石禅(曹洞宗永平寺貫主)
41年 7 月 島地黙雷
41年 8 月 釈雲照(律師、浄土宗)
41年 8 月 村雲日栄(瑞龍寺門跡、日蓮宗)
42年 8 月 釈宗演(禅師、曹洞宗)
42年 9 月 大谷光演(大谷派東本願寺法主)
42年 9 月 常盤井堯熈(高田派専修寺門跡)
43年 5 月 村上専精(文学博士、大谷派)
43年 6 月 梅上尊融(西本願寺連枝)
43年 8 月 瑜伽教如(真言宗前管長)
45年 7 月 九条武子(仏教婦人聯合会本部長、本願寺派)

 以上のうち、たとえば三十四年十月の華園沢称(真宗興正派管長)の来札の折の光景については、
室蘭より当区に到る沿道各駅にては此の生仏様を拝み奉らんとて群集する者堵の如く、多きは二百名少なきも三十名位づつ停車場構内に溢れんばかりにて、中には法主歓迎の旗を翻へしたる者等もあり。草鞋がけにて近郷近在より押掛けたるもありたる様子にて、警官及鉄道係員の制止をも聴かず汽車の窓より賽銭を投げ入れては三拝九拝するさま……

と報道されている。各所では「生仏様」に「三拝九拝」して熱烈に歓迎する光景が繰り広げられていたのであった(北タイ 明34・10・6)。
 三十六年八月の大谷尊重が来札の折に、西本願寺別院付近は「近郷近在より同院への参詣人頗る多く、本堂の周囲に設けある高桟敷さへも立錐の地なき混雑にて、之を見込たる小商人は境内境外に俄かに露店を出すなど宛然時ならぬ縁日の状を呈せり」とされ(北タイ 明36・8・14)、さながら縁日のような賑わいが展開されていたという。