札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第3巻 通史3

第七編 近代都市札幌の形成

第八章 国民統合と教育

第二節 中・高等教育機関の整備

三 東北帝国大学農科大学の成立

 東北帝国大学農科大学は明治四十年九月十一日、文部大臣牧野伸顕を招いて盛大な開校式を挙行したが、それではなぜ札幌農学校を大学に昇格させ、それを札幌区に設置する必要があったのであろうか。札幌区役所『北海道帝国大学設立趣意書』中に綴じ込まれている「北海道大学設立ノ必要ナル理由」と題する文書は、札幌区会や「北海道帝国大学設立期成会」などによる建議や請願、また、東牧堂(筆名)の一五回にわたる「文教振作論-北海大学設立意見-」(北タイ 明38・11・29~12・27)など当時の新聞・雑誌で論じられた理由の骨子を集約しているといってよい。作成者は不明であるが、文書中には札幌区助役石丸弘陽の印が押されている。作成時期はその内容から推測して明治三十三年頃であると思われる。その一部を掲げておこう。
   北海道大学設立ノ必要ナル理由
北海道拓殖上ヨリノ理由
 一 本道ノ拓殖上農業、水産、土木、鉱業等ニ関スル技術者ヲ要スルコト
 一 大学ノ設置ハ以テ天下人士ヲシテ本道ニ対スル注意ヲ喚起セシメ従テ多数移住者ノ来道ヲ誘因スル原因トナルコト
 一 大学ノ設置ハ本道拓殖完成時期ヲ速シ独リ農業ノミナラス、併セテ商工鉱業ノ進歩発達ヲ増進スルコト
 一 大学ノ設置ハ新殖民地ニ一ノ善美ナル教化ヲ及ボシ健全ナル気風ヲ養成スルコト
 一 拓殖トハ単ニ地ヲ拓キ民ヲ殖ユルノ謂ヒニアラズシテ又人才(ママ)ヲ養成シ文化ノ発達ヲ計ルハ一大急務是レ明治ノ初年開拓使ガ札幌農学校ヲ設置シタル所以ニシテ当時当局者ハ独リ農学ノミナラズ工学及ビ理学ニ関スル高等専門学校ヲ設クル考案ナリシモ財政上ノ都合ニ依リ其意ヲ果サヾリシト云フ爾来札幌農学校卒業生ノ実際本道拓殖上ニ稗益ヲ及ボシタルハ些少ナラザルナリ二十五年以前当局者ハ此等高等専門学校ノ必要ヲ認識セリ之レヲ今日本道ノ状体ニ照セバ一大学設立ノ必要ナルハ明白ナルコト
 一 拓殖上高等教育機関ノ必要ナルハ欧米各国ノ殖民政策之レヲ証スルコト
    (中略)
学政上ヨリノ理由
 一 北海道ハ気候寒冷且空気清涼ナルガ為メ学生ノ身体ヲ健全ニシ精神ヲ爽快ナラシメ以テ学術研究ニ便益ヲ与フルコト
 附 欧米諸国ニ於テハ有名ナル大学ハ温暖ナル南部地方ニアラズシテ之レヲ北部地方ニ見ルナリ
 一 北海道ノ人ハ風俗質撲加フル地勢ハ四面天然ノ美ヲ以テ囲繞セラルヽガ故ニ学生ノ悪事ニ誘惑セラルヽ憂ナキコト
 一 本道ニ於テハ中学校入学志願者ノ数年々著シク増加シ将ニ数年ノ後ニハ其設備宜シキヲ得バ数百人ノ卒業生ヲ出スニ至ラントス其時ニ当リ急ニ大学ヲ設置セントスルモ亦難キコト
 一 風土気候ノ異ナレハ新境遇ニ来テ講学スルハ学生ノ智識開発上利益アルコト
 一 本道ニテハ学生ノ修業費少額ナルコト/東京帝国大学々生一ヶ月学資ハ二十円以上ヲ要スト雖モ札幌農学校ノ実例ニ依レバ一ヶ月十円乃至十五円ニテ充分ナルコト
経済上ヨリノ理由
 一 札幌農学校ヲ基礎トシ北海道大学ヲ設置スルハ之レヲ本邦他地方ニ大学ヲ設置スルニ比較シ経済上利益多キコト是レ
    (中略)
 一 大学ヲ設置スルニ当リ一時ニ各分科大学ヲ設ケトセバ多額ノ計費(ママ)ヲ要シ今日ノ国家財政上或ハ之ヲ許サヾル所アリシモ若シ先ツ札幌農学校ヲ更メテ農科大学トシテ更ニ年ヲ期シテ漸次工科大学理科大学医科大学法科大学文科大学ト順ヲ追ッテ之レヲ設クルトキハ一時ニ多額ノ資金ヲ要スルガ如キコトナキコト

 このように「北海道大学設立ノ必要ナル理由」では、それを「北海道拓殖上」「学政上」「経済上」の三項目に区分して論じている。これらのなかで「学政上」「経済上」の理由もさることながら、多くの論者が最も強調した理由が「北海道拓殖上」のそれである。札幌農学校の大学化と北海道拓殖政策とは不可分の関係にあったといってよい。特に人材養成の問題は北海道拓殖政策の明暗を分けるだけに、ことのほか重要視されていたといえよう。これは札幌農学校が設立されて以来、同校に課せられた最大の任務でもあった。