札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第3巻 通史3

第七編 近代都市札幌の形成

第七章 社会生活の変貌

第五節 博覧会と市民生活

一 大正の幕開けと市民生活の変貌

 札幌区内の人口は、大正九年の国勢調査の段階で一〇万二四三〇人と明らかにされた。それより二年前開催の道博の観覧者数は五〇日間で一四二万人余、一日平均二万八〇〇〇人もの人出があったことになる。札幌駅から道博会場まで人の往来で賑わっていたことが想像されよう。それに札幌駅と中島公園間等に電車が開通し、さらに人力車馬車が往来し、札幌警察署でも交通取締上なんらかの対策を講ずる必要に迫られていた。
 まず大正十年一月一日を期して、人力車・橇・馬車屋に対して左側通行の励行を通達するとともに、夜間通行に際しては提灯を左方につけることも訓示した。さらに同年六月一日からは全区一般に左側通行の励行を実施し、そのため、区内質屋業、古物商、料理屋業といった各同業者組合の役員を招集して左側通行励行の協議会を開催したり、宣伝ビラを配って徹底を図るのだった(北タイ 大10・5・24)。六月一日当日、札幌警察署では車に乗ってメガホンで道行く人びとに左側通行を宣伝するとともに、区内四二カ所に交通巡査を配置して徹底を図った(北タイ 大10・6・1)。また、小学生の奉仕団体正勇少年団も宣伝のため区内を練り歩いた(北タイ 大10・6・7)。