札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第3巻 通史3

第七編 近代都市札幌の形成

第六章 社会問題の諸相

第六節 札幌とアイヌ問題

二 幻の「北海道旧土人救育会円山学園」設立計画

 同会は札幌区や小樽区での演説会の「成功」を踏まえて、明治三十三年九月十四日の評議員会で「北海道旧土人救育会北海道支部」を正式に発足させた。支部長以下の役員構成は次のとおりである(北海道教育雑誌 第九四号)。
支部長 園田安賢
幹事  対馬嘉三郎 大島六郎 大井上輝前 大窪実 藤井民治郎 中西六三郎 谷七太郎 富益頼道
評議員 森源三 足立民治 佐藤昌介 関場不二彦 笠原文平 陶不窳次郎 高岡直吉 上野正 加藤寛六郎
嘱託  阿由葉宗三郎

 支部長に就任した園田は北海道庁長官である。幹事の対馬は札幌区長、大窪は北海道庁視学官、大島は北海道炭礦鉄道会社取締役、藤井と中西は弁護士、谷は北海道商業銀行取締役頭取、富益は札幌精米株式会社社長の要職にあった。大井上、藤井、中西、谷、富益は札幌区会議員も兼ねていた。評議員の佐藤は札幌農学校校長、関場は北辰病院院長、陶は北海道警部長、高岡は北海道内務部地方課長事務取扱で、森、笠原、上野の三人は札幌区会議員であった。加藤の三十三年当時の役職は不明であるが、後に上川支庁長に就任する。嘱託の阿由葉は後の札幌区会議員である。これらの役員のなかで、大島、藤井、中西、谷、富益の五人は政友会札幌支部のメンバーで、後に評議員もつとめた(小樽新聞 明35・11・12)。
 この支部組織は、前述した「本部」のそれをモデルにしたことは明らかであるが、役員構成は異なっている。それは支部の役員の中に、当時の札幌区の実業界を代表する人物(札幌実業協会会員)が多数含まれ、そのほとんどが札幌区会議員を兼務していたことである。これはとりもなおさず、多額の費用を要する実業補習学校の設立と経営に対する財政的支援と、生徒の実習先の確保を念頭に置いた人選であったことが窺える。また、学校の設立と経営に関わるトラブル発生時の政治的支援の意味合いも込められていたものと思われる。ちなみに支部事務所は北海道教育会内に設置された。