札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第3巻 通史3

第七編 近代都市札幌の形成

第六章 社会問題の諸相

第五節 青年団と在郷軍人会

三 忠魂碑・記念碑

 日露戦後には、忠魂碑開村記念碑あるいは地域の名望家の頌徳碑が地方改良の一環として急速に建てられるが、「愛郷心」といった言葉に象徴される、地域への歴史認識と不可分の問題であった。
 史蹟名勝天然紀念物保存協会会長の徳川頼倫は、第一〇回地方改良講習会で「郷土愛護と地方改良」と題し、その意図を端的に述べた。
地方振興の力を増し、又其振興の根本たる愛郷心を十分に起しまするに就きまして、其愛郷心の根底を鞏固に致す為め、此(編注・史蹟・名勝の)保存事業と申すものが最も必要なる務であるかと存じて居るのであります。
(史蹟名勝天然紀念物 大2・2・20)

 こうしたイデオロギー性をもった顕彰のモニュメントづくりは、地域の青年団や在郷軍人会が担い手となってゆく。そしてモニュメントづくりは、近代の国民国家形成期に欧米では普遍的な施策であり、地方改良運動においても多分にそのことを意識していた。たとえば札幌でも、大正五年三月十一日の札幌北九条青年分団の講演会において、中村文学士が、「独逸の神話が軍国主義に出来、数多く建てる国民崇拝の大宰相ビスマルクの銅像は国家多事の時、其総てが光を放つて独逸国民に宿り、到る処の国民自らビスマルクと成るの確信を持つ」と、ドイツのビスマルクの銅像の実態を述べたが、モニュメントのもつ国民統合機能を喧伝するものであった(北タイ)。