札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第3巻 通史3

第七編 近代都市札幌の形成

第二章 諸町村の近代化と行財政

第一節 ムラの変貌と近代化Ⅰ

二 篠路村

 篠路村は札幌周辺村でも屈指の〝小作村〟であったといえる。表2は「大正十年札幌支庁管内統計書」より各村の小作状況をまとめ割合を出したものであるが、篠路村は小作割合が七四パーセントにも及んでいた。これは村内には大規模な小作農場が多かったことを反映していた。村内には以下の農場が存在していた(北海道農場調査、東区拓殖史)。
表-2 各村小作状況
総戸数自作小作自作兼小作小作割合
札幌村564戸295戸232戸37戸41.1%
篠路村369442735274.0
琴似村86344424817128.8
手稲村49617819512339.3
藻岩村3931142166355.0
豊平町1,33241739152429.3
白石村7392814075155.1
『大正十年札幌支庁管内統計書』より作成。

〔拓北農場〕もと明治十五年創設の興産社農場、三十八年谷仙吉、四十一年本間国蔵、四十四年谷七太郎、四十五年岩崎久弥の所有に移る。面積一〇一〇町、小作一〇一戸。
佐藤農場〕もと明治十九年山田顕義に貸付の山口開墾、二十四年佐藤金治に譲渡。一六六町、二五戸。
〔前田農場茨戸支場〕もと明治二十一年創設の堀農場(堀基所有)。二十七年藤波言忠前田清照、さらに前田利嗣に譲渡。三二七町、七戸(明治三十二年は三二戸)。
 この他にも札幌村大字丘珠村にまたがる以下の農場があった。
丘珠共有農場〕もと明治二十三年永山盛繁への貸付地。二十七年中野四郎、板谷宮吉、高橋喜蔵が共有する丘珠共有農場となる。通称中野開墾、明治三十八年に本間国蔵、大正七年太田清蔵に譲渡され太田農場となる(管理人田中清輔)。四一〇町、四六戸(明治三十四年頃は七三戸)。昭和十二年解放。
富樫農場〕明治二十二年に富樫伝右衛門が創設。八一町、二八戸。昭和九、十一年に解放。当時の小作戸数四七戸。
 また、明治二十二年に付与を受けた篠路村学田(昭和四年一四一町、三一戸)もあり、「十町歩以上三十町歩内外ノ土地所有者凡ソ三十名計アリ。而シテ全ク当村ニ居住セズ札幌区等ニ居住スル者其三分居リ、以上ハ大抵自作若クハ小作人ヲシテ耕作セシメタリ」といわれているように(札幌郡調)、小地主なども多かったのである。
 このような結果、農家には小作料の負担が重圧となってかかっており、生活は苦しく、農場の転売をめぐる拓北農場の争議(大9)、小作料の値上げをめぐる学田争議(昭4)などの小作争議も発生していた。