札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第2巻 通史2

第六編 道都への出発

第七章 札幌進展期の社会生活と文化

第三節 日清戦争と札幌市民

三 戦勝祈願・祝賀と市民

 新聞や戦況報告会で我軍の勝利等が伝えられると、札幌市民はすぐに反応を示し行動している。表16は旅順口占領以後の祝賀と歓迎を新聞から拾ったものである。
表-16 祝賀と歓迎(明治二十七年十一月~二十八年七月)
【二十七年】
月 日状  況
11・21(旅順口占領)
11・26札幌農学校生二〇〇余人、校内に集合し、日章旗・校旗を押し立て、手に提灯を持ち、ラッパその他楽器を奏し、唱歌を歌いつつ区内各町を練り歩く。各新聞社前で万歳を唱え、札幌神社遙拝所に至り、神前に整列して君が代を奏し、「陸海軍万歳」、「大元帥陛下万々歳」を三唱。
11・27北海義勇会(委員長対馬嘉三郎)、豊平館にて戦勝大祝賀会を開催。官民およそ三〇〇人が集会。「大元帥陛下万歳」、「陸海軍万歳」を唱う。この後委員長対馬嘉三郎、区民総代として「天機伺」に大本営の広島へ向かった。
 【二十八年】
 2・ 2(威海衛占領)
 2・16札幌農学校、第三回戦勝祝賀会を開催。学生二百数十人集会し、校門に国旗、演武場前に「寒月空懸威海衛」、「旭旗高颺劉公嶋」の大旗と校旗等を立て、演武場にて祝賀会。終わって隊列を整え新作の唱歌を歌いながら市中を練り歩く。
 2・17北海義勇会、第五回戦勝祝賀会を豊平館にて開催。一〇〇人来会。「大元帥陛下万歳」、「陸海軍万歳」を唱える。北海道毎日新聞社、大通にて菰樽の鏡をぬいて祝賀。
 3・ 5(牛荘占領)
 3・ 6(営口占領)
 3・16平岸村有志、平岸小学校にて戦勝祝賀会を開催。数十人来会。「大元帥陛下万歳」、「陸海軍万歳」を唱え、かくし芸、余興あり。
 4・17(日清講和条約調印)
 4・21平岸村竹田忠治ほか四人発起による「平和談判終局祝賀会」を平岸村共有地にて開催。一六〇余人来会。
 5・ 8(日清講和条約批准書交換)
 5・17豊平村大日本北海道農会会頭阿部仁太郎外の発起により、日清講和奉祝会を同会事務所にて開催。来会者二五〇余人。演説、「両陛下万歳」、「陸海軍万歳」を唱和。
 5・19札幌区有志、日清講和奉祝会を創成小学校に開催。会長菊亭修季、委員長対馬嘉三郎。祝辞、君が代。終わって豊平館にて宴会。市民へ国旗を掲げ、夜は提灯を点じて奉祝を指示。
 5・22札幌警察署、出札中の各分署長及署員を偕楽園に集め、日清講和奉祝会を開催。
5・29臨時第七師団第一大隊帰札。豊水・創成小学校生徒一〇〇〇余人、山鼻小学校札幌女子小学校生徒等札幌停車場まで歓迎。
 6・ 4師団司令部一行帰札。尋常師範学校、農学校、豊水・創成・札幌女子小学校その他有志数百人、札幌停車場に出迎え。
 6・ 9臨時第七師団輜重縦列衛兵隊将校下士卒帰札、札幌女子小高等科生徒、その他区内有志、赤十字社員等数百人、札幌停車場に出迎え。
 6・13臨時第七師団凱旋歓迎会を中島遊園地に開催。発起者菊亭修季以下七〇余人。会費金五〇銭。フロックコート、羽織袴を着用。歓迎会寄付金四〇〇円余。
 7・10日赤道支部篤志看護婦人帰札。日赤社員、女子小学校生徒、基督教徒、その他市内有志七、八百人札幌停車場に出迎え。

 以上をみてもわかるように、札幌市民は近代になって最初の対外戦争にこのように敏感に反応した。祝賀の主体は、学生、村民有志、区内有志とさまざまであったが、一度出征兵士の歓迎に移ると師範学校生徒・小学生、団体等実に多くの人びとが動員されているのが知られる。