札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第2巻 通史2

第六編 道都への出発

第七章 札幌進展期の社会生活と文化

第一節 明治中期札幌の諸相

四 遊興・遊客の街

 二十年代以降の札幌は、寺社の行事や四季を通じての生活暦が市民生活のおり目をなし、人びとの営みをかたちづくっていた。季節ごと、場所ごとに様々な遊楽が営まれ、日々の生活に彩りを添えていた。明治二十年代における札幌市中および村、そしてそれを超えたおもな行楽地を三十二年刊行の『札幌案内』等からみると表6のようなものとなる。
表-6 札幌の行楽地
名所位置概 要
中島遊園地札幌区の南端札幌停車場より二〇町。十九年開削工事を起こし、二十年落成。面積約一〇町歩。園内にはタモ、セン、ヤナギ等の老樹と松を植え、東西二つの池あり、二月にはスケート遊びが行われる。池辺には桜木を植える。池中央に旗亭あり。二十五年設立の北海道物産陳列場(四月十五日~十一月十五日まで開場)、遊園紀念碑、競馬場等あり。老幼男女の散策する者少なからず。
岡田花園中島遊園地内の
山鼻村に接する所
札幌区岡田佐助の所有にして、面積約三町歩余。札幌区の公有地を借り受け年々拡張す。園内には牡丹、芍薬、菖蒲、百合、各種盆栽等あり。二個の花室、池には金魚、緋鯉等を放ち、茶亭を構え、遊覧の客に供す。
東皐園北八東一園主上島正、十一年秋花菖蒲の種子を植え、改良に改良を重ね十七年優等な花を咲かせるに至る。地名東耕を名とし、道路を開削して公衆に縦覧す。東耕を東皐に改める。園内には牡丹一〇〇〇株、芍薬二~三〇〇〇株、花菖蒲、萩等あり。開園は毎年六月より十一月まで。
偕楽園北七西七四年岩村判官の設計、薄井監事偕楽園と名づく。はじめ園内に育種場、博物場、競馬場偕楽亭清華亭等があったが、育種場は札幌農学校附属農園となり、競馬場中島遊園地に移り、博物場は北三条に移転。三十年偕楽園対馬嘉三郎に払い下げる。三十一年斎藤いく、偕楽園内に旗亭偕楽亭を開く。
博物館北三西八札幌農学校附属植物園内にあり。二階造り、階上階下とも陳列場とし、本道所産の動・植・鉱物、アイヌの民具等を展示す。毎年四月より十月まで一週二回ずつ開館す。前方に温室あり。
円山札幌郡円山村
札幌神社境内
桜樹数百株、桜花をもって有名。花季の花見には客群集して立錐の余地なし。
光風館札幌郡下手稲村二十六年十一月三日開業。所有東幸三郎。炭礦鉄道札幌駅より軽川まで六マイル五〇、同駅より一五丁。手稲山麓眺望良きところに立地し、建物北面のため夏涼しく、秋は紅葉を楽しむ。温泉はリウマチ、痛風、神経痛、皮膚病、腺病、気管支カタル、消化器病等に効あり。
定山渓札幌郡平岸村札幌区の西方七里一〇丁二五間。車馬あり。美泉定山の発見。当時旅人宿は佐藤伊勢造、寒翠閣の二戸。寒翠閣には鹿の湯あり。下方一里に黄金湯あり。この辺四方山に囲まれ、豊平川その中間を流れ、景観すこぶる良し。温泉はリウマチ、胃弱、眼病、皮膚病、婦人病等に効く。入浴の時期は五月より十一月まで。
登別温泉幌別郡登別村炭礦鉄道室蘭線登別停車場下車西北一里二八丁。車馬往復。旅館三戸。
カルルス温泉幌別郡登別村字
ベンケネセ
登別停車場より北方約三里。

 このように神社仏寺への参詣というような宗教行事の間をぬって、移りゆく四季の風物を愛で、自然を愛でる遊覧が行事化していった。二月の中島遊園地の氷遊び、すなわちスケートが流行したのもこの頃からである。四月下旬、ようやく雪も消え黒土があらわれ、市中の人びとは円山や鴨々川河畔に散策に出かけるようになる。博物館が開館するのもこの頃で、週二日の開館日にはどっと人がくり出した。五月上旬は円山の梅も桜も一度に開花し、区民は商店や会社ぐるみで花見を楽しんだ。このほか一年を通じて花を観賞できる場所として、中島遊園地内の岡田花園と北八条東一丁目の東皐園(とうこうえん)があり、牡丹、芍薬、菖蒲、百合、萩等々、季節の花が楽しめた。市中より少し足を伸ばせば軽川の光風館平岸村定山渓温泉があり、種々の病に効用あるところから近郷近在から湯治客がやってきた。さらに幌別郡登別、あるいはカルルス温泉へも鉄道、馬車を乗り継いで湯治客が出かけるようになり、次第に行楽圏が広がっていった。