札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第2巻 通史2

第六編 道都への出発

第六章 宗教組織の確立と信仰

第四節 民間信仰と宗教生活

二 講などの成立

 大師講については、篠路・山口村でその存在が報告されている。
 篠路村には横新道(二十年頃結成)、釜谷臼(二十八年)、山口(二十~二十八年頃)の三つの大師講が記録されている(龍雲寺史)。釜谷臼は毎月二十日を「お講の日」とし、大師像の掛軸をかかげてまつり、会合をすると同時に無尽講も行っていた。同地移住者の出身は大半四国徳島県である。横新道も徳島県出身者が多く、やはり毎月二十日に集まる。山口は名のとおり山口県人が入植し、ついで徳島県人も入った。毎月二十一日を祭日としている。大師堂は横新道(大正六年)、山口(二十年代)に建設している。
 山口村(現手稲区内)は、十五年に山口県からの移住者が入って開けた。大師堂を二十三年に建立したが、大師講は四月二十一日と八月二十一日に行っていた。
 以上の大師講は四国を中心に中国地方によくみられる種類のもので、もう一つ十一月二十三日から二十四日にかけて行われる型の大師講については、事例は見出していない。
 太子講は聖徳太子をまつる職人の講であるが、市域内では新善光寺で、おそらく二十年以前から行われていた。このほか伊勢講観音講(伏見)、古峰講(琴似)などの講が記録されている。