札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第2巻 通史2

第六編 道都への出発

第五章 教育の充実

第二節 初等教育の諸問題

三 各種行事と教員等の団体

 この時期、種々の形の合同運動会が開かれ、また修学旅行も行われた。

写真-4 運動会褒状 明治30年(上田善七関係史料)

 連合運動会の新聞記事の初出は、明治二十一年五月挙行のもので、師範学校、同附属小、創成小、同第一第二分校、北海英語学校など区内および山鼻・円山・琴似・新琴似・手稲・藤古・丘珠・苗穂・白石・豊平・月寒の各校が参加し、生徒数だけで一九三四人にのぼった。この師範学校、区内・村落校の連合運動会は、翌二十二年も行われている。しかしこの方式は長続きしなかったらしく、二十九年には区内の創成・女子・豊水三校の連合となり、翌三十年には女子が抜けている。また二十九年からは豊平外五校の連合運動会の開催が報じられており、同戸長役場管内の小学校が参加している。ということは、他にも戸長役場単位で開催されている可能性も考えられる。二十年代初頭には札幌区・郡の連合であったのが、しだいに細分された連合となり、その後やがて各校単位となって、村・集落の「ハレ」の日の行事のごとき様相を呈することとなる。
 またこの時期には修学旅行も行われたが、今のところ二十八年十月に豊平・平岸・月寒・白石・信濃の各校男子生徒が銭函へ行き、三十年五月に豊平小の生徒が宿泊をともなう修学旅行を行ったことが知られている。