札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第2巻 通史2

第六編 道都への出発

第一章 北海道庁と札幌

第二節 札幌の行政機構と自治への胎動

一 区行政と総代人会

 札幌県の廃止にともなう北海道庁治の開始にあたり、行政区画はまずそのまま引継がれた。すなわち札幌は石狩国に位置するが、国が行政単位として機能したことはなく、その下に分割された郡をもって行政区画を編成した。石狩国は七郡に分かれ、その一つである札幌郡の内、市街地域を札幌区として分離し、行政統治上は独立扱いとして郡に並列させた。北海道におけるこうした編成は札幌と函館のみであるが、後日の北海道区制とは異質の区である。
 札幌区の中心部には町としての条丁目を設けた。札幌県治から継承後の変遷として、まず区と山鼻村との境界変更がある。今日の中央区中島公園一帯は山鼻村学田地であったが、ここに遊園地を設置すべく札幌区総代人会の計画を道庁が認め、明治十九年(一八八六)十二月十五日付道庁告示をもって一六万四〇六八坪(約五四・一四ヘクタール)が区に編入された(北海道庁布令全書 明治十九年)。その後、豊平、苗穂、円山等の一部を札幌区に編入しようとする運動もあったが実現しなかった。町名の新設としては、十九年北七条西一~七丁目が生まれ(市史 第七巻二四〇頁)、翌年北二条西五~八丁目、北三条西五丁目・西七~八丁目、北四条西五~八丁目、北五条西五~八丁目ができ、道庁敷地周辺が整備された(北海道庁布令全書 明治二十年)。さらに二十一年には創成川以東の町名新設と編入替が(市史 第七巻二四〇頁)、二十三年豊平川左岸の旧河川跡埋立にともなう南一~四条東五~六丁目、桑園整備にともなう北一~五条西九~二〇丁目、そのほか北八条西一~六と東一~二丁目、南一~二条の西一二~一九丁目、大通西九~二〇丁目が設けられ、篠路通と中ノ嶋遊園予定地を廃止し、前者は北八条東一~二丁目に、後者を南七条西一丁目に編入した(市史 第七巻二四一頁)。こうした条丁目の延長はとりもなおさず住民の増加と市街地の拡大を物語るもので、道庁治開始時の札幌区の住民数は区制施行時(三十二年)に二・七倍もの膨張をみたのである。
 区を除く札幌郡には県治時代に引続き、表1のように一九村が置かれた。この内月寒村の南東方をさき、二十六年十二月十六日付道庁令をもって広島村が新設され、以後札幌郡は二〇村となる。すなわちシユプンベツ川と千歳川の落合よりノツポロ川の支流に沿って字熊の沢に至る線を境界とし、現広島町大曲以南が月寒村から分離した(北海道庁布令全書 明治二十六年)。札幌郡内をみると、篠路・白石・琴似・札幌・苗穂各村の人口増が顕著で、郡住民数を道庁治開始時と区制施行時で比較すれば三・一倍にふくらみ、増加数と率で区を上回っている。札幌郡二〇村から広島・江別・対雁の三村を除き、区を加えた地域が、ほぼ現在の札幌市域にあたるとみてよい。
表-1 札幌郡区の現住人口
明治20年明治31年増加
札幌区13534人37464人23930人
札幌郡札幌村649 2008 1359
苗穂村681 1715 1034
丘珠村282 1245 963
雁来村277 514 237
篠路村640 5143 4503
(小計)(2529)(10625)
琴似村2111 3748 1637
発寒212 314 102
上手稲村577 823 246
下手稲村462 1323 861
山口村523 564 41
(小計)(3885)(6772)
山鼻村1634 2329 695
円山村530 760 230
(小計)(2164)(3089)
豊平村1364 1883 519
平岸村1267 1438 171
白石村2167 4477 2310
上白石村439 747 308
月寒村2066 2764698
(小計)(7303)(11309)
広島村-4684 4684
江別村2558 6274 3716
対雁村234 922 688
(小計)(2792)(11879)
札幌郡 計18673 43675 25002
合 計32207 81139 48932
1.各年12月31日現在数。
2.『北海道戸口表』各年により作成。