札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第2巻 通史2

第五編 札幌本府の形成

第八章 札幌県と札幌

第一節 札幌県の行政

二 北海道事業管理局の設置と札幌県の施政

 十一年七月に公布された郡区町村編成法に基づいて、北海道でも開拓使は十二年七月従来の大小区制を廃し、新たな地方行政機関として郡区役所を設置し、札幌本庁管下では十三年二月九日にそれらの開庁をみた。本庁管下の石狩国の郡役所は、札幌に置かれた札幌区役所と石狩に置かれた石狩外七郡郡役所であった。廃使置県に際し、これら郡区画・郡区役所配置は「可成更正ヲ要セサル見込」(公文録 内務省)をもって、開拓使から札幌県に移行され、そのまま受け継がれてきた。ここで札幌区役所札幌市街札幌郡一円を管し、石狩に設置の郡役所は石狩・厚田浜益・樺戸・空知・夕張・雨竜・上川の八郡を管轄していた。
 ところが急速な人口増加と開拓にともない、従前の行政区画では県政上支障が生じてきたとして、十六年九月二十九日札幌県令は内務卿に対し、石狩国郡区画の更正伺を提出するに至った。その変更理由として挙げている第一は、札幌区役所札幌郡一円をも管轄しているため、札幌の「郡名ハ恰モ消滅ニ属スルモノヽ如ク」受け止められること、第二に札幌は開拓使創設以来首府と目されて諸官衙・製造場の施設が多く、「百貨輻輳市民賈市ノ利ニ是因リ候状況」であって、市街地と札幌郡内各村とはその所管を分離することが望ましいこと、第三に石狩外七郡郡役所はその管轄が広大なるのみならず、従来より海産をもって成り立つ石狩・厚田浜益の三郡と、新開の他の五郡とは「習俗其趣ヲ異ニシ」「到底同一ノ所管ニ帰シ置キ難」いこと、第四に樺戸・空知両郡は集治監設置以来人口は急増し土地も墾開され、さらに幌内鉄道開通により官民共に札幌への来往の便宜を得て、「石狩ニ通スルト固ヨリ同日ノ比ニ無之、其他夕張上川雨竜三郡ノ如キモ亦同様ノ情況」であることを陳述している。
 以上の観点から札幌県令は、札幌区役所の所管は札幌市街に限定する、既設の石狩の郡役所の所管は石狩・厚田浜益の三郡とする、さらに新たに札幌に郡役所を設けて札幌・樺戸・空知・夕張・雨竜・上川の六郡を所管する、という三項にわたる石狩国郡区改正を要請したのである。これを受けた内務省は全面的に了承してさらに太政官に伺い出て、十七年二月六日にそれが許可され(公文録 内務省)、四月一日に札幌外五郡郡役所が設置された。それにともない石狩にあった郡役所は石狩外二郡郡役所となる。
 なお札幌県令はこの改正伺に先立つ十六年二月十七日に、本年中に樺戸郡の人口は官吏・囚徒・人民を合わせて二三一六人、同じく空知郡は二〇八五人に上る見込として、樺戸郡月形村に郡役所、空知郡市来知村に郡役所戸長役場の設置を内務省に要請したが、内務省はそれらを認めず、ただ両村に戸長役場のみの設立の意見をもって太政官に上申し、それは十七年五月九日に許可されている。