札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第2巻 通史2

第五編 札幌本府の形成

第六章 教育の開始

第二節 地域と初等教育

一 初等教育の体制・内容の整備

 「学制」には学区取締をおくと定められているが、開拓使はとりあえず十年に学校世話掛を設けていた。ついで十二年九月の「教育令」は「町村内ノ学校事務ヲ幹理」するため学務委員をおくことを定めたため、開拓使本庁は十四年七月に学務委員撰挙規則並に事務章程を定めた。しかし程なく廃使となったため、実質的にほとんど機能はしなかったと思われる。
 札幌県が設置されると、県は十六年七月に「学区規則」を布達して正式に学区が設置された。学区は当初は一番(札幌区)、二番(山鼻村)、三番(円山村)、四番(琴似・発寒村)、五番(上手稲・下手稲山口村)、六番(豊平・上白石平岸村)、七番(白石村)、八番(月寒村)、九番(苗穂・雁来・札幌村)、一〇番(丘珠村)、一一番(篠路村)と定められたが、十七年四月に、おそらく郡区編成の変更にともなって区と札幌郡を分け、従来二番学区であった山鼻村札幌郡一番学区とし、以下これに準じて繰上げた。さらに十六年十一月には戸長をもって学務委員に加えることが布達され、この結果、十六年末の学務員数は札幌区が専員・加員各二人、六番学区(豊平外二カ村)が加員一人のみ、他は専員・加員各一人となっている(札幌県学事第二年報)。
 学務委員の実際の活動は、委員であった石川正蔵の『公私諸向日誌簿』によりうかがうことができる。十六年の後半分から摘記すると、藻岩学校修繕に関する予算から完成の見分、学校試験の立会、各種調査書の提出、県職員出張案内、学校職員解職手当調、創成学校の引渡し、月予算編成から学校雪囲いの見分まであって、学区の教育行政のすべてに関係したといえよう。