札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第2巻 通史2

第五編 札幌本府の形成

第五章 屯田兵制の採用

第二節 琴似・山鼻兵村の建設

一 兵村の施設

 各兵村ごとに、運営の中枢機能を果たすべく設置されたのが週番所である。開拓使屯田事務局から兵村への布達指令、兵村から開拓使への申告等はすべて週番所において取扱い、村治機関である戸長役場に関わる手続きも、兵員家族はすべて週番所を経由しなければならなかった。ここが中隊長以下士官等武官の駐在勤務する詰所・事務所であることは当然だが、兵務を指揮監督し、授産事業を推進する中心的役割を果たし、兵員家族の日常生活全般に関わったので、戸長役場の機能をほとんど合わせていたといえる。
 中隊ごとに週番所を設置する規定は八年五月にでき、最初の週番所が琴似に生まれる。入村時はまだ独立した施設がなく、未入居の空兵屋の一軒を仮週番所(周と書くことがある)にあて兵村事務取扱を始めた。翌年追加募集の兵員が入村すると、その空兵屋は使用不能となるため、別に施設が必要となり、兵屋区画の南端で練兵場と向かい合う地(西区琴似二条六丁目)に独立建物を建てることになった。開拓長官がその許可を与えたのは九年五月一日である。
 山鼻兵村でも同年六月に新築を上申するが、完成まではやはり兵屋を仮週番所として開村事務にあたった。その位置は兵屋区画のほぼ中央にあたる(中央区南一四条西一一丁目)。配置のちがいはあるものの、建物の構造面積は同じだった。完成した時から手狭で事務に支障をきたし、十一年に建て増しの工事を行い、後年伝えられる週番所の外観ができあがった。こうして兵村の権威のシンボルが生まれたのである。
 週番所は軍律統制の機能とともに、兵村内の警察司法業務を兼行したので、十二年からは規律違反者を収容する営倉拘置場の役割も果たすことになり、さらに改造を余儀なくされた。開拓使監獄署で扱っていたものが、事犯の増加にともない兵村内で処置する必要にせまられ、週番所内の併置となったのである。単独の拘置場を設置する費用を授産に振り替えるべきだとの意見が通りこのようになるが、本来は別個の機能が一カ所に集中する結果となり、村の運営に大きな影響を及ぼしていく。
 創設時の名称は、琴似を第一中隊週番所、山鼻を第二中隊週番所と呼んだが、開拓使の廃止による両兵村各二分割の四中隊編成替にともない、第一・二中隊を合わせ琴似週番所、第三・四中隊合わせて山鼻週番所とあらためた。しかし、江別兵村の充足にともなう改編で元に復し、十八年に週番所は中隊本部と改称されることになる。

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写真-5 山鼻週番所(北大図)