札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第2巻 通史2

第五編 札幌本府の形成

第四章 周辺村落の展開と農業

第三節 農業生産の開始

三 開墾から農業経営へ

 『開拓使事業報告』第三編(物産―陸産)は、札幌郡の農事起源等を紹介して次のように記している。
琴似村ハ安政三年蝦夷地在住人始テ開墾シ粟黍及蔬菜ヲ播種ス。明治八年屯田兵移住、大小麦及豆麻ヲ種植ス。発寒村ハ安政四年開墾ニ従事ス。明治九年屯田兵移住琴似村ニ同シ。篠路村ハ安政四年畑ヲ開キ稗粟蕎麦大小豆大小麦等ヲ播種シ、文久元年水田ヲ開キ収穫頗豊ナリ。慶応二年洪水ノ為メ水田皆蕩尽スルモ爾後本使ノ保護ヲ得テ農事益盛ナリ。下手稲村ハ安政六年ヨリ耕作ヲ営ム者アリト雖モ瘠土ニシテ収穫甚少シ。札幌村ハ慶応元年畑ヲ開キ粟稗大小麦ヲ播種ス。上手稲村ハ明治元年雑穀蔬菜ヲ種ルモ土地磽确ニシテ労費ヲ償ハス。十年桑園ヲ開キ養蚕ニ従事ス。苗穂村ハ明治三年四月粟稗大小豆蕎麦ヲ播種ス。爾来農事頗ル盛ナリ。円山村ハ明治三年蔬菜ヲ播種シ、六年大小豆粟黍玉蜀黍ヲ播種ス。丘珠村ハ明治三年四月稗粟大小麦大小豆ヲ播種ス。爾来益盛ナリ。白石村ハ明治四年十一月雑蔬疏菜ヲ種ルニ瘠土ニシテ収穫薄キヲ以テ野桑ヲ採リ養蚕ニ従事ス。十五年始テ水田ヲ開ク。平岸村ハ明治四年雑穀及麻ヲ播種セシモ地味ニ適セス水田ニ改ントスル者多シ。月寒村ハ明治四年四月雑穀及蔬菜ヲ播種ス。豊平村ハ幕府ノ時ヨリ雑穀ヲ播種ス。明治五年以来移民農業ヲ営ム者多シ。山鼻村ハ明治六年蔬菜ヲ播種シ、七年ヨリ大小豆粟黍蕎麦等ヲ播種ス。九年屯田兵移住シ農業益盛ナリ。上白石村ハ明治六年白石村ヲ分チ雑穀蔬菜ヲ播種ス。土地肥沃ニシテ収穫多シ。五年試ニ水田ヲ開キシニ亦能ク豊熟ス。雁来村ハ明治六年ヨリ稗粟大小麦等ヲ播種シ、山口村ハ明治十四年山口県移民耕作ニ従事ス。

 記事中の開墾年代等には考証の余地はあるが、諸村農事の輪郭はわかる。その中で起源をみると、琴似、発寒、下手稲、篠路の各村はイシカリ在住制に基づき、札幌村は御手作場制によって開墾された比較的古い村である。そのほかは明治以降の移民を主体にして開かれた比較的新しい村である。その自然条件をみても、比較的高燥の地(月寒、上手稲)、いちぢるしい低湿地(篠路)、河川の沿岸(上白石)などの地形や地味によって、あるいは市街中心との距離の遠近によっても農作物の種類や営農の変遷に影響のあったことがわかる。後でみるように主要な穀菽類はどの村でもほぼ同じものを作っていた。ただ水田の有無、蔬菜や桑・麻の比重、ここにはないが果樹の比重などが各村の農業の特徴を示している。
 このように札幌周辺各村の特徴が次第に形成されつつあったが、他の地域との比較をすれば札幌郡は当時の北海道において抜きんでた農業生産の一大中心地であった。『開拓使事業報告』によれば、当時栽培されていたほとんどの穀菽・蔬菜等の生産高は札幌郡が札幌本庁管内の第一位を占めていた。その主要な種類をあげれば次のとおりである。
粳米(うるちまい) 大麦 小麦 燕麦 粟 稗 玉蜀黍 大豆 小豆 豌豆 豇豆 菜種 蘿蔔(らふく)(大根) 胡蘿蔔(にんじん) 牛蒡 葱珠葱 薯蕷(しよよ)(やまいも) 百合 茄 甘藍 胡瓜 甜瓜(まくわうり) 越瓜(しろうり) 南瓜 西瓜 蕃椒(とうがらし) 胡麻 芥子 麻 亜麻
 これらの内、粳米は十の六、小麦は十の七、粟は十の四、豌豆は十の四、薯蕷は十の五、越瓜は十の九、南瓜・西瓜は十の五、麻は十の五をそれぞれ札幌郡が占めていたという。
 この時期の農業は、技術的にも経営的にもまだ安定をみていないいわば開墾期の農業であったから、作付面積や収量も順調に推移したとはいえない。その概況をうかがうため代表的な村落を選び、主要作物等の変遷を表10にかかげる。
表-10 開墾地面積・作物収量・馬数及び果樹植栽数の変化
明治6年明治9年明治12年6~12年平均
全 村1戸当全 村1戸当全 村1戸当全 村1戸当
篠路村開墾地(反)544.612.4891.914.4740.010.6785.312.8
大麦(石)28.00.651.00.832.00.548.50.8
大豆(石)52.01.2130.02.165.00.9110.61.8
粟 (石)72.01.632.00.561.00.942.20.7
馬 (頭)100.2330.5460.732.40.5
果樹(本)310.7100016.1101414.51006.616.4
札幌村開墾地(反)415.86.5731.99.81568.021.2881.012.3
大麦(石)82.01.3208.32.8240.03.2160.12.2
大豆(石)150.02.3172.02.3160.02.2167.52.3
粟 (石)79.31.284.01.1120.01.698.51.4
馬 (頭)500.8741.0901.271.41.0
果樹(本)00.0120016.0117315.9908.612.3
円山村開墾地(反)713.815.91123.323.9827.714.8961.419.7
大麦(石)20.00.430.60.7117.02.138.60.8
大豆(石)83.31.9168.03.682.51.5132.32.7
粟 (石)96.02.1140.03.020.20.478.91.6
馬 (頭)511.1420.91081.963.91.3
果樹(本)00.076016.2538896.21712.235.2
平岸村開墾地(反)414.26.4758.511.7723.111.3696.510.8
大麦(石)20.00.380.21.260.00.956.50.9
大豆(石)40.00.673.01.154.40.954.50.8
粟 (石)100.01.5195.73.0138.42.2131.02.0
馬 (頭)470.7160.2150.222.90.4
果樹(本)00.0130020.0372958.31764.627.3
上手稲村開墾地(反)227.73.9640.511.2815.614.3631.411.0
大麦(石)28.00.561.61.149.80.955.41.0
大豆(石)18.20.335.80.640.60.736.60.6
粟 (石)39.10.789.21.60.00.051.40.9
牛 (頭)130.2561.0631.143.00.7
果樹(本)00.096416.9306053.71495.226.0
1.果樹の平均は植栽年以降12年までの平均。
2.数値は四捨五入。
3.上手稲村のみ牛の数値をあげた。
4.『開拓使事業報告』第2編より一部数値を訂正の上作成。但し13・14年は除外。

 これをみると前掲の札幌郡の農事概況と必ずしも一致していない。それは資料の不十分さにもよるが、本表からうかがえる営農条件の不安定性が原因ではないかと思われる。その中で旧開二村の中では札幌村が、新開村の中では円山村が相対的に安定した姿を示している。主要穀菽の一戸当たりの生産額が一石以下、また牛馬が一頭に達しないということは基本的な営農及び生活条件を欠いている状態であったといえる。かろうじて開墾地面積は一定水準の規模を維持していたようである。