札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第2巻 通史2

第五編 札幌本府の形成

第二章 開拓使本庁と札幌

第三節 町役人体制から札幌区役所の成立

三 協議費と総代人制

 札幌ではしばらくの間、他県では近世以来の町村寄合を引き継いだような住民会議は開かれなかった。全国的には区戸長等の独断による公共費用の執行決定が問題となり、九年十月太政官布告一三〇号で、学校設立をはじめ一区町村内にかかわる事件について不動産所有者の六割以上の連印を要することなどが布達されていた。これによって全国的には後の代議制に比定される総代制が制定されたことになっている。しかし札幌にはこの総代制は施行されなかった。そのため六割の同意を得ることでは時日がかかることから、それにかわる住民の参与機関として、総代人会が設定されることになり、十一年六月総代を選挙する方法を決定した。この総代は現在の市町村議員に相当するものである。それによると一町村ごとに二〇歳以上の男子で本庁または支庁管内に一〇〇円以上の地券を有するもの二人を総代とし、町村内に本籍と不動産を有する二〇歳以上の男子の選挙で選出することにした。任期は二年で毎年半数改選である。その任務は九年十月太政官布告に基づき、金穀公借共有物取扱い土木起功等のことに預かることを主とし、時宜により住民の利害得失に関することで区務所から協議することである。また小区においても二~四人の総代が町村総代の中から希望者が互選されることになった(同前)。
 しかし制度はじめの無理解のためか、十二年に行われるはずであった半数改選が行われず、さらに十二年郡区編成にともない大小区制が廃止されたため、小区の総代が有名無実となった。そこで札幌区役所では十三年新たに全町村総代を改選し、その内の希望者から総代たちの選挙で区総代を選出することにしようとした。そのため札幌区役所管内の町村を一三の区域に連合させた(連合区域と選出された人員については市史 第七巻一〇一八~一〇二〇頁参照)。
 その後札幌県時代には町村会法の検討がなされ、札幌県の機構の中にも議会係が設けられたが、県会・町村会とも設置されなかった。