札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第2巻 通史2

第五編 札幌本府の形成

第一章 札幌本府の建設

第二節 島判官の札幌本府建設

五 島判官による物資調達

 島判官が場所請負人廃止を強行した背景に、前述のような現実の物資不足の状態がある。島判官には、場所請負人の集荷力に期待する意図と現在所持している物資を調達しようという意図があったと思われる。だから彼らを下僚にして、物資を蔵から出しやすくしたのではないだろうか。そしてこれは、小貫らを派遣した新潟などから調達するよりは時間的に早く調達できる。余市の林家では、二年十月二十三日銭函で「米穀諸品御差支に付当余市泊番備米外品々とも一時融通可致旨島判官殿より御達」の見返りとして、一〇〇〇両貸下げられたことを申し出ている(余市郡諸調 道文一八八)。これは三年三月の開拓使の調査に対する申立である。ところが林家の日記の十月二十五日の項を見ると「御金千両御下げ、運上家は不及申浜中のもの共入用候半は、御貸付被成、尤判官様無利息にて不苦と被仰…」と記し、さらに「十両に一朱とか二朱とか御冥加添」て、三月に上納すればよいと言われたことを記している(明治二己巳歳日記 竹屋源左衛門 余市町林家)。この二つの一〇〇〇両が単純に同一のものとは言えないが、時期が同じであるし同金額であるから、同じ一〇〇〇両であろう。おそらく場所請負人廃止とともに、貸下げられた七〇〇両と同様な意図のものであろう。また厚田郡の浜屋は島判官の命令で十二月一日から、米ではないが筵や秤を札幌へ送り込んでいる(浜益厚田往復留 道文一七九)。これは十一月晦日の場所請負人廃止にともなって指令されたものであろう。また三年二月になって石井少主典が「諸場所々御備品サツホロ本府エ廻し方その外御用として」浜益郡へ赴任した(往復御用状 道文一九四)。
 『御金遣払帖』には、余市については「巳十一月より午正月迄、御廻米船賃并人足代、与市本陣支配人代第吉エ渡」という記述や「与市から本府まで、米運送上乗代」を支払っている記述がある。また「午正月より同三月迄之間、厚田勇払より之廻米、運送人足百拾三人」や「浜益より御米運送等之為、石狩エ差廻置候人足賃」等の記述から、厚田勇払浜益からも米を運送したことがわかる。
 この頃の米の調達や蔵米の出納簿と思われる史料に、『開拓使銭函方御蔵米御用金請払 明治二、三年』(北大図)がある。この史料は十文字大主典の手筆であるから、おそらく会計精算を指令されたことへの報告書の一部であると考えられる。これには「御米請」と表題して、二年十月から十二月までの諸郡や小樽港などからの米の調達や購入の状況が示されている(表4)。やはり余市の五六石余、忍路の四二石余が目立つ。また十一月中下旬の兵部省からの買入分二〇〇俵の記載、十二月十六日に小樽での一三二俵、八俵、六俵、六俵という小きざみな買入の様子が明確になっている。さらに同史料中に、「申九月十三日披見宇津野諸郡備米調写」と表題のあるものには、三年三月頃までの諸郡からの調達の状況が示されている。それによると、但書の部分などまだ正確に意味のとれない部分や数値の合わない部分もあるため作表しなかったが、おおよその調達状態が判明する。これによると、厚田忍路余市古平美国積丹の諸郡から調達していることがわかる。厚田郡は備米高米八〇石のうち七五石余で、全体の九四・一パーセントを銭函・札幌に送り込み、忍路郡は高米六〇石に対し六三石余を銭函・札幌へ送り、三石余も超過している。余市郡は高米一二〇石のうち九五石余(七九・五パーセント)、古平郡は高米八〇石のうち四六石余(五八・五パーセント)、美国郡は高米八〇石のうち四九石余(六二・四パーセント)、積丹郡は備米量は不明だが、残米が三六石余と記されている。『積丹郡諸調』では、「シヤコタン御場所請負中取扱調書上」中に、「辰年」の備米として九二石とある(積丹町史 資料第一編)。また『万延弐歳諸用留』には、備米をやはり九二石としている(同前 第二編)。したがって積丹からの調達も五〇パーセントを越えていると思われる。これらの数字から諸場所にあった備米のかなりの部分が銭函または札幌へ送り込まれたことがわかる。また忍路郡については、超過して調達できるほど場所請負人の物資調達力が大きかったことを物語るものか、備米以上に調達しなければならないほど札幌の物資不足がひどかったかである。
表-4 銭函方米調達表(明治2年10月~12月)
月日産 地俵数ほか石 数但書頭書など
10.玄米29俵と1斗4升8合8勺 12石 9斗 0升 3合石狩買上50俵のうち
11.1庄内玄米125俵 56.  8.  7.  5余市
11.5越後玄米 20  7.  7.忍路
11.11越後玄米 30 12.忍路
11.15津軽玄米108 37.  0.  4.  4兵部省より200俵のうち、石狩来、125俵のうち
11.15津軽玄米 17  5.  1.兵部省より200俵のうち、石狩来
11.21津軽玄米 28  9.  5.  7.  6兵部省より200俵のうち、石狩来
11.25越後玄米 19  7.  7.  1.  4美国
11.26越後玄米 41 16.  6.  4.  6美国
11.26津軽玄米 28  9.  5.  7.  6兵部省より200俵のうち、石狩来
11.27津軽玄米 10  3.  4.  3.兵部省より200俵のうち、石狩来
11.27白米  6  2.  1.石狩お買上げ
11.29庄内玄米 50 22.  2.古平
12.11庄内玄米 11  4.  6.  9.  7厚田より
12.16庄内玄米132 54.  9.  7.  8小樽来、三浦少主典買上げ
12.16支那米  8  3.  0.  6.小樽来
12.16亀田玄米  6  1.  5.  6.小樽来
12.16新庄玄米  6  1.  9.  6.  2小樽来
12.26越後玄米 63 22.  9.  3.  2忍路
10, 11, 12月  総 計292.  0.  5.  3
開拓使銭函方御蔵米御用金請払 明治二、三年』(北大図)より作成。