札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第1巻 通史1

第四編 イシカリの改革とサッポロ

第七章 在住制とイシカリ在住

第一節 在住制の成立と展開

三 在住制に対する疑義

 これに対して箱館奉行からは当然反論が提出された。すなわち安政三年二月に、堀および竹内はそれぞれこれに関する上申書を提出したが、この中で在住頭取・世話役の設置以外は、老中の意見に同意はしていない。両奉行の上申は長文かつ多岐にわたっているが、その関係分の要点を紹介してみる。
 まず在住の人選に関しては、堀は在住の大半は多分五~七年くらいで帰府するだろうが、替わりはいるし、その残ったものの子弟が土着するから、人選の必要はないと、悠長としかいえない意見を述べており、竹内も子孫の土着に期待している点は同様である。すなわち老中の疑義の根本については、むしろ肯定する立場に立っていると考えざるを得ない。ただ次三男、厄介、陪臣、浪人は新規入同様であるから、人選が必要であると付け加えているにすぎない。
 また幕府だけで開拓を行う際の経費については、特に明確な意見は述べられず、たとえば竹内が、多額の経費を投入すれば短期間で成功するであろう、という程度で終わっている。さらに諸大名に領地として分配する意見に対しては、堀は取締りが行き届かず、かつそれによって箱館が衰微するであろうとし、竹内は大名間の協力体制がうまくいかないこと、および大名領内の農民が移住することにより、廃田が生じるであろうとして反対している。いずれにせよ、箱館奉行の意見もまた必ずしも明確とはいい難いが、幕藩体制下でかつ財政逼迫の状況下では、すみやかに成功の期待できる具体案の作成は、かなり困難であったようである。