札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第1巻 通史1

第四編 イシカリの改革とサッポロ

第六章 アイヌ社会とコタンの変貌

第一節 イシカリのアイヌ問題

二 阿部屋とアイヌの「撫育」

 阿部屋は種々の面で箱館奉行の政策には反対し、あえて対捍をおこなっていたが、そのことはアイヌへの番人による次の申付けにもよくあらわれていた。
此度江戸ニシハに成てより、畑を作れの人間言(日本語)を遣え等申せども、三ケ年も過候時は松前殿え戻り候間、其積りにて余り江戸ニシハの申言を用いぬ様に……

 以上の番人の申付けには、幕府の再直轄は三カ年もすればやみ、再び松前藩に復領するので、幕府役人(江戸ニシパ、ニシパは旦那の意)のいうことに従うなとあり、明らかに再(第二次)直轄に対する反発が認められる。このような反発は、場所請負による独占的な利益がそこなわれることによるもので、各場所でも多少は認められる傾向であった。しかしその中でも、イシカリ場所の阿部屋をはじめ西蝦夷地に集中的にそれがみられ、次の安政四年十月二十一日の申渡しとなった(幕末外国関係文書 一八)。
     [イシカリ場所請負人伝二郎代]吉右衛門
其方共儀、請負場所土人之中達者向、運上屋元浜下ケいたし置ニ依て、老人小児又は病気等にて、歩行不叶之者のみ山中居小屋ニ残り、尽く難渋之趣ニ聞ゆ、畢竟その方とも心得方等閑にて、支配人以下之申付方不行届如何之至、向後右様之もの親子兄弟有之ものは勿論、独身にてたよりなきものは、最寄土人共之内深切之もの見立介抱為致、右介抱人之外(分)、人馬継立山稼漁業之用捨致し、厚撫育手当可致、

 右の申渡しは、イシカリのほかテシオ・モンベツの各場所請負人に出されたものであった。ここには経済的利益をはかるのみで、その目的にそぐわず労働力となりえない弱者をきりすてていく請負人側の姿勢がうかがわれる。これを是正するには、種々の問題のある請負制の廃止、直捌(じきさばき)の採用によるイシカリ改革しかのこされていなかった。