札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第1巻 通史1

第四編 イシカリの改革とサッポロ

第三章 諸藩のイシカリ調査

第二節 諸藩の関心

二 佐賀藩

 義勇は分領の早期申請とともに、箱館における佐賀藩蔵屋敷地をはやく申請することを、つよく催促していた。そして、市中商人の主なものに相談し、協力の約束を得たことを報じている。先の武四郎の建言にもあったように、これは佐賀藩の諸産物の販売と交易のためであった。これに関し①の田中宛書簡では、以下のように詳述している。
箱館ニて要地一ケ所御求被成、大坂御蔵屋敷抔のごとくして陶器、酒[御城下ニテ商人ニ命ジ沢山作リ候テ]、米少し、茶、蠟燭幷にほい入りの鬢付、代々蜜柑類、煙草、紙、素麵、其外御国産を気候宜キ時分、此地え御遣置被成、時を見てうり出し候はば、自然ト御国益ニ可相成、其帰リ船ニて年分御領内ニて用候鱈(たら)、数ノ子、昆布、田畑ノこやし、御用ノ熊皮等積候て帰り候はば、多少之入費手細く可相成、御序(ついで)之時分鱈抔市中ニ取寄候大図御調子被成候はば、定て高大なる物と奉察候。

 ここでは、陶器以下の諸産物を箱館へ廻送し販売する一方で、鱈以下の蝦夷地産物を佐賀へ廻送して販売することを提言している。それにより経費も「手細く」なると同時に、利益も「高大」になることを推測している。莫大な開拓資金を用意するには、このような方法をとる必要があったからである。藩主の直正は、天保の改革を通じて財政再建を達成し、大阪商人により〝算盤大名(そろばんだいみょう)〟と呼ばれただけに、佐賀藩は商品流通には非常にたけていた。また増強する海軍の軍備費や、殖産興業の設備費の獲得には、箱館との交易利潤は大きな魅力であった。