札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第1巻 通史1

第二編 先史の札幌

付章一 札幌の考古学研究史

第一節 明治・大正時代

 このような中央学会の動きに刺激されたのか北海道においても明治二十四年、札幌博物学会が設立され、続いて明治二十五年、札幌史学会の創立をみた。その三年後の明治二十八年には札幌人類学会が創設され、札幌周辺の竪穴住居跡やその他の遺跡、遺物の紹介、報告が盛んに報告されはじめたことが記録に残されている。
 昭和四十八年、滝川市の高畑イク氏から札幌市考古資料室に寄託された「旧琴似川流域の竪穴住居跡分布図」(第五章図1参照)は、明治二十七、八年頃に調査されたと考えられる約八〇〇軒の竪穴住居跡群がその出土遺物とともに詳細に記載されている。これを調査したのは、河野常吉によると札幌史学会高畑宜一であるとしている。明治二十九年刊行の『札幌沿革史』では、総数八六〇軒の竪穴住居跡のうち「六百四個は円山、山鼻、琴似の三村にあり、残りの二百五十六個が区内にあり、その所在は北一条、北六条西一丁目辺、及び博物館内、札幌農学校付属園内三ヶ所に所在する総数百十七個ありて、区内に於て最も多。……」とあり、さらに「是等の穴居跡は、皆琴似川本支流沿岸の高燥地にあるもの多しといえども低湿地にも亦あり……」と占居する地形の特色についてもふれている。そして、「……其他、月寒、平岸、白石、広島、江別、札幌、山口、上・下手稲の諸村に竪穴及び土器、石器、包含地あり」と記し、現札幌市の周辺市町村まで遺跡の分布が及んでいることに言及している。