札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第1巻 通史1

第二編 先史の札幌

第四章 続縄文時代

第四節 土器・石器ほか

 後北式土器と称される土器群は、後期北海道式薄手土器の略称である。昭和初期頃より江別市の石狩川沿岸付近の遺跡調査が精力的に続けられた結果、主に墓壙群の資料から細分化が進められ、戦後に至り後北A式土器→後北B式土器→後北C1式土器→後北C2式土器→後北D式土器の編年的序列が河野広道によって示されたものである。その後、「江別型」「北見型」の地方差を設定しているが、その大要は基本的に現在も広く一般に継承されている。後北式土器群はその発生期の土器を含めて、五期に細分され編年的序列が示される(図4)。

図-4 後北式土器(1~4:一期,5・6:二期,7・8:三期,9~12:四期)
北大式土器(13:二期,14・15:三期)

〈一期〉
 発生期の後北式土器であり、「プレ後北A式土器」「プレ後北式土器」等と称されている。前述した三期の恵山式土器が石狩低地帯を中心とした地域で土着的要素の強い大狩部式土器等と接触して生み出された土器群と考えられている。三期の恵山式土器に類似した文様を有するが、これに貼付文、縄線文等が追加され、器型も倒立した釣鐘型となり、後北式土器の器型の基本形をなす。
 札幌では、N二九五遺跡第二七号ピット(土壙墓)壙底面の副葬された三点の土器がこれにあたる。江別市江別太遺跡第四文化層、旧豊平河畔遺跡第二号住居跡では、これらの土器と四期の恵山式土器が同一層より出土している。この種の土器群の分布は、石狩低地帯にのみ限定されており、後北式土器がこの周辺において発生したことが示されている。
〈二期〉
 後北A式土器で、札幌ではS一五三遺跡第二五三号ピット、第六七八号ピット(土壙墓)、N二九五遺跡第一号ピット(土壙墓)の壙底面に副葬された土器群である。四期の恵山式土器に並行していたことは間違いない。器型は倒立した釣鐘型、口唇に小突起を有し、口縁に数本の細い粘土紐を並行して貼りめぐらす。さらに細かな刻みを付け、体部の中段にまで爪型文を連続してめぐらし、これによって上下を区画した部位に横走帯縄文を数段めぐらす。胴部から底部にかけては、縦走帯縄文が地文として施文される。
〈三期〉
 後北B式土器で、札幌ではS三五四遺跡第四号ピット(土壙墓)壙底面に副葬されていた釣耳付きの提燈型土器がこれにあたる。器型は、発生期よりの伝統である倒立した釣鐘型を呈する深鉢に加え、口縁の径に比較して胴部中段が大きく張りだした提燈型の釣耳の付いた土器が出現する。文様は、体部に横走帯縄文を数段めぐらし、この上に細かい粘土紐を数本亀甲型、山型、方形に区画するよう貼りめぐらす。粘土紐上は連続的に細かい刻み目が付けられる。
〈四期〉
 後北C1式土器で、札幌ではS三五四遺跡第一五号ピット、第二一号ピット(土壙墓)壙底面に副葬されていた土器群がこれにあたる。第一五号ピットからは片手釣耳付きの小型の深鉢、双手釣耳付き提燈型土器が、第二一号ピットでは四手釣耳付き提燈型土器が得られ、いずれもベンガラにて彩色されている。器型的には、B式土器に共通している。体部に横走する爪型ないしは列点文をめぐらし、これに上下をはさまれる横走帯縄文が数段めぐり、これに細い粘土紐が亀甲形、円形に貼りめぐらされる。B式土器に見られた粘土紐に細かい刻み目は、まったく見られなくなる。
〈五期〉
 後北C2・D式土器である。C1式土器までに特徴的に見られた底部の揚げ底がまったく見られなくなりすべて平底となる。深鉢、浅鉢、注口土器がセットとなり、北海道全域をその文化圈とする。南は、新潟県中央部まで、北は、樺太南部に、東は千島列島にまで分布圈をひろげていたことが知られている。土器の文様の特徴は、円、弧を描く帯縄文を断面形が三角形の細い粘土紐、三角形列点文で縁取り文様を構成する。口唇は、鋭い三角形に整形され細かい刻み目がめぐらされている。D式土器は平縁で口唇直下に一段の刻みのある粘土紐をめぐらし、体部には帯縄文を格子目のようにめぐらしたものである。三角形列点文、微隆起線的な貼付文はない。
 札幌ではS一五三遺跡第四一・一四〇・三八〇・四二一・四七六・四九〇・五二八・五三九・六〇一・六一六・六七三・七四六・七八一号ピット(全例土壙墓)、T三六一遺跡第一九・四一・四二・五〇・五二・八四・九七・一〇〇・一一四号ピット(全例土壙墓)、K一三五遺跡四丁目地区第Ⅶ群土器、K一三五遺跡五丁目地区第一、二文化層出土の土器、K三九遺跡(北海道大学構内北一七条西五丁目地区)にて得られた土器がこの時期の土器である。