下松市 郷土資料・文化遺産デジタルアーカイブ

下松市史異説

目次


目次

[自序・例言]

一 花岡八幡宮と境内の三庭園

二 江戸末期「景色図」に描かれた下松市内の五庭園

三 花岡八幡宮所蔵『修学院御茶屋絵図』と庭園

四 室積普賢寺雪舟庭

五 米川内藤氏旧屋敷庭園

六 内藤氏旧屋敷庭園 其二 発見とその後の経緯

七 下松市内の石造物

八 旧河内村に於ける水車敷の調査

九 旧河内村谷に於ける灌漑と畑田成

十 切戸川旧河川敷と寺迫川・大谷川付替説

十一 妙見山の経緯と神仏分離説再考

十二 妙見山に於ける七坊の成立と下宮の沿革

十三 妙見山鷲頭寺の移転と妙見堂の創建 ‐‐‐妙見山潮流と私見‐‐‐

十四 妙見道の記録保存 中世豪族と妙見信仰圈

十五 南北朝期に於ける大内弘世の鷲頭攻略

十六 毛利氏の下松侵略 鷲頭・下松・妙見山の戦いと千人塚

十七 毛利就隆の下松藩創設と居館

十八 下松に建立された毛利就隆に関わる三ケ寺

十九 山陽道に接する久保市高札場と塩売峠の駕籠建場所在地

二十 下松の地名起源に寄せて 北辰降臨説と百済津説

二十一 切戸川地名考

謝意