中津川市 古文献アーカイブ

中津川市史中巻2

目次


[口絵・凡例・目次]

[口絵]

凡例

中津川市史 中巻Ⅱ 目次

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第五章 林業

第一節 林政と林業経営

一 初期の林業

はじめに

遠山友政裏木曽支配

遠山氏の木曽材採運

木曽役木値段と友政

湯舟沢山と木曽用材

二 林野制度

林野の状況

御林

山村氏の控山・中津川山

村有林

預り林

私有林

新林

山林管理職制

木曽山の絵図

三 領主の林政と林業政策

尾張徳川家の林政改革

巡見使と規制

巡見の実際

留山・巣山の見廻り

停止木

留木

落合白木改番所

与坂番所

上金番所

茄子川・上地番所

落合川並番所(木曽川大番小屋)

岩村領の国産存意書

湯舟沢山の植林

苗木領内の植林

苗木領の桐・漆

尋木種

四 法度と刑罰

規制と罰則

中津川宿村々法

背伐と刑罰

盗伐と処置

隠木

山焼法度と刑罰

山林法度

弘化二年の御仕置定

五 利用

伊勢神宮と湯舟沢山

造営林出材手順

内見の際心得

阿木山よりの出材

落合山の木材

江戸城西丸の再建用材

湯舟沢の御免荷物

家作木

土木用材

栗木切改め

葺板

切畑

割山

黐(もち)仕出願

持林の伐採願

農間渡世

六 伐木と運材

木材の陸送

木曽川運材

落合綱場

川並法度

流木の処理

七 巣鷹山

巣鷹山

中津川御鷹方役所

鷹の種類

享保期の督励

野火御巣鷹手形

巣下し

第二節 山論

一 山論

一村惣山

山の口明

山論の年表

山論の原因

山論の分類

山論の発生と決着

二 保古山をめぐる山論

根の上山系の特色

根の上山系と村

阿木村と飯沼村の山論

飯沼村と東野村の山論

茄子川村と東野村の山論

手金野村と千旦林村の山論

茄子川村と千旦林村の山論

三 その他の山論

東野村と阿木村(枝郷青野村)の山論

第六章 宿・交通

第一節 中山道

一 成立と性格

五街道と中山道

幕府の幹線道路

美濃における中山道

二 落合宿・中津川宿付近の中山道

道とその普請

橋とその種類・規模

往還掃除丁場

並木

一里塚

立場

三 中山道の道筋

妻籠宿

一石栃

馬籠宿

新茶屋

落合宿

与坂

上金

中津川宿

駒場

小石塚

千旦林

茄子川

岡瀬沢

大井宿

四ッ谷

深萱の立場

細山

曽根松坂

大湫宿

第二節 中津川宿

一 中津川の地形

中津川の地形

中津川宿の地形

二 慶長七年以前の宿駅

江戸以前の宿駅制度

大和田重清日記

前田慶次道中日記

三 宿の成立

長安と道祐

中津川宿と道祐

四 中津川宿のようす

(一) 宿

宿町並

上ハ町・下タ町

枡形と番所

家居と用水路

宿のにぎわい

宿内の家数と人口

高札場

高札

茶屋坂道の改修と宿町並の拡張

(二) 宿村

宿と在

中津川村の概要

在郷のようす

郷蔵

(三) 中津川の商業

概況

塩の販売

中津川相場の米価

伊那との商業

大津屋の商業圏

白木・白木製品

十八屋杢右衛門と桧笠

十八屋杢右衛門と川北の村々

蔦野屋と生糸

三・八の六斎市

金札・銀札・銭札

五 人馬の継立

(一) 伝馬役

伝馬役

伝馬役人

伝馬役の負担と資格

負担の実際

役渡と請役

宿立人馬数

<寛文期>

<延宝期>

<元禄期>

<宝永・正徳期>

<寛政期>

<天保・弘化期>

<嘉永以降>

<まとめと問題点>

歩行役

在郷の歩行役

嘉永三年の歩行役

夫士役(ほうし役)・その他

(二) 伝馬等の嘆願と申し合わせ

東美濃九か宿の訴え(延宝三年)

中津川宿の嘆願(元禄三年)

東美濃七か宿の嘆願(元禄三年)

中津川宿伝馬役人の願書(元禄五年)

宿・助郷取り替え証文

(三) 継立のようすと駄賃銭

継立の種類

御定賃銭の変遷

尾張徳川家関係の継立

若年寄等の通行

地震見分江戸目付衆の通行

江戸巡見使の通行

京都所司代の下向

尾張徳川家の通行と繰込み人馬

御状箱や御用物の継立

鮎鮨の継立

年間の継立人馬数

六 休泊

(一) 本陣・脇本陣

本陣・脇本陣

構造・規模

修復

(二) 休泊

休泊施設

休泊

宿泊の実例

本陣・下宿への分宿

比宮の通行と急普請

休泊の状況

差合

大名諸家の茶屋小休禁止

一人旅人にも一夜は宿可仕の触

旅人の病気死亡取扱

飯炊き女

(三) 本陣の収入(休泊料)

[本陣の収入(休泊料)]

休泊料

年間休泊収入額の推移

(四) 宿役人

問屋・年寄

帳付

馬指・人足指

定使

(五) 宿の継立をめぐって

宿駅の維持

刎銭

宿駅制度の矛盾

中馬

木曽牛方の口銭

馬籠の牛方

下街道

大名通行願い

第三節 落合宿

一 落合宿の成立と条件

落合の地形

歴史的発展

二 落合宿

宿役人市岡喜平次

落合宿のしくみ

宿の助成

宿内の様子

本陣・脇本陣

三 落合大橋の架橋と寛保の新道

落合大橋

寛保の新道

十曲峠と大橋

第四節 中津川・落合両宿の助郷

一 助郷

助郷

定助郷と大助郷

加助郷と当分加助郷

又助郷

助郷総代

助郷会所

二 中津川・落合両宿助郷のはじまり

はじまり

助郷帳下付

三 中津川・落合両宿助郷の特色

合宿

木曽川と助郷

助郷高

四 助郷割当の実際

助郷触れ

二条御番の江戸下りと助郷

二条御番の京上りと助郷

触から出勤まで

五 助郷負担と農民

負担の増加

大通行の場合の負担

農繁期と助郷

第五節 助郷をめぐる諸問題

一 中津川・落合両宿助郷の主な動き

助郷年表

二 苗木領の助郷

(一) 特色

特色

(二) 助郷総代について

助郷総代の設置

総代給など

(三) 苗木領の助郷負担平均割

領内平均割

平均割実施年

(四) 飛州伝馬

飛州伝馬触れ

飛州伝馬負担

苗木領四か村の困惑

三 広岡新田の又助郷

(一) 本村を助ける枝村

新田村と助郷

本村を助ける又助

本村との協定

(二) 広岡新田へ大井宿代助郷のこと

大井宿代助郷

代助郷ことわり

四 助郷制度のゆきづまり

(一) 和宮下向と助郷

和宮下向と助郷

下見役人の通行と村調べ

道作り

岩村領松平家中山道見分の負担

和宮迎え役人上洛の負担

大湫宿普請入用板の運送負担

和宮様御下向人馬名〆帳(飯沼村)

和宮下向と当分助郷

(二) 文久三年以後

文久三年の当分助郷

助郷休役願

明治維新と助郷

五 両宿と助郷村の争い

尾張領主宗勝の通行

上方在番と大坂御定番

大坂御定番(百人衆)の通行

両宿問屋 三か村を提訴

第六節 主な通行・特色ある通行

中山道の諸通行

一 主な姫宮通行

姫宮通行

二 大名通行

中津川宿本陣に休泊した大名たち

性格と特徴

苗木遠山家

郡上青山家

大垣戸田家

尾張徳川家

岩村松平家

彦根井伊家

三 役人通行

役人の通行

京都所司代の下向

長崎奉行の通行

大坂定番の通行

大坂加番の通行

二条御番の通行

四 日光例幣使の通行

日光例幣使の通行

五 茶壺道中

茶壺道中

六 幕府天文方役人の通行

幕府天文方役人の通行

七 文人・墨客の通行

文人・墨客の通行

第七節 茄子川村の小休所

小休所の位置と小休の実例

坂本立場(さかもとたてば)と小休所

第八節 行旅

一 旅行の制約

往来手形と布達

二 伊勢参り

おかげ参り

三 三河・遠江の旅

秋葉講

秋葉山から鳳来寺へ

四 善光寺参りと女人手形

善光寺参り

女人手形

五 西国めぐりと金毘羅参り

茄子川村から京都へ

京都・大坂の見物

大坂から金毘羅様へ

大坂から伊勢へ

伊勢から茄子川へ

諸入用覚

金毘羅道中諸入用覚

第九節 脇往還

一 飛驒街道

[飛驒街道]

二 城への道--苗木道

[城への道-苗木道]

木曽川の舟渡

三 参詣道

龍泉寺道

恵那山道

秋葉道

四 村を結ぶ道

川上(かおれ)道

瀬戸・坂下への道

山口道

飯田道

ちんの峠道

黒瀬道

五 阿木村内の道

[阿木村内の道]

第七章 文芸・教育

第一節 文芸

一 概説

近世文芸の特色

俳諧の諸相

蕉風伝播者たちの来遊

中津川俳壇の隆昌

中津川の歌道

日光例幣使の御染筆

有名歌人の中津川来遊

中津川の俳歌金石文

二 俳諧

中津川俳諧の先駆

奉納俳諧前句

美濃派の伝播

謎の俳人たち

美濃派の分裂と中津川

おくの関揃

中津川緑庵連成立

以哉派の互融坊擁立

風兆と互融坊

花月雪句碑の建立と山錦の板行

俳諧の最盛期

花の手向

苗木の俳壇

二世霞外坊

うきくさ集

落合の俳壇

嵩左坊

古狂と新茶屋翁塚

三世花実坊

如月集

四世馬風

志士との交流

桐蔭

櫻農實

桑蔭

幕末の苗木俳壇

俳諧の終焉

三 和歌

中津川の歌人系譜

苗木の歌会

桂園派の歌人たちと中津川

鈴屋派歌人笹垣清風

放浪の歌人安藤野雁

平田学派の雄岩崎長世

公家・武家の来往と和歌贈答

幕末の諸事件と歌人の心情

中津川の三歌人

明治維新前後の中津川歌壇

第二節 教育

一 寺子屋

[寺子屋]

寺入り

授業時間と時期

内容

教授方法

女子の教育

寺子屋開設状況

二 藩校

苗木の藩校

日新館

第八章 寺社

第一節 神社

一 古代の神社

式内社三座

帳内七社

二 中世の神社

神像と鰐口

記録にある中世の神社

三 近世の神社

祭神の分布

堂社の書上げ

坂本神社の社号相論

神社名の変更

付表

第二節 寺院

一 中世の廃寺

廃寺跡考

圓通寺 (手賀野)

大京寺 (手賀野)

遍通寺(遍照寺) (駒場)

玄能寺 (駒場)

えんこう庵 (駒場)

堯遍坊 (会所沢)

大泉寺 (本町)

大正寺 (中川町)

旧東円寺 (淀川町)

おれん坊 (かやの木町)

宝幢寺 (中村)

旧宗泉寺 (川上(かおれ))

龍泉寺 (阿木)

長蓮寺 (茄子川)

東禅寺 (茄子川)

鳳雲庵(法雲庵) (茄子川)

明光坊 (茄子川)

大智山願成寺 (千旦林)

成道寺 (苗木)

吉祥院 (神坂)

二 近世の寺院

天徳寺

医王寺

高福寺

善昌寺

東円寺

大泉寺

宗泉寺

西生寺

福昌寺

松源寺

大林寺

源長寺

禅林寺

子安寺

萬嶽寺

長楽寺

風神神社

三 苗木領の寺院

苗木領の仏教

雲林寺の創建

雲林寺一派の発展

雲林寺

正岳院

壽昌院

開山堂

佛好寺

龍王院と天王院

民衆信仰

巡礼

第九章 幕末の中津川

第一節 国学と中津川

一 国学と中津川宿役人

国学

平田学派の流入

中津川宿村から発展

平田教学刊行事業の助成

「戊辰日記」と「東行日記」

「夜明け前」のモデル達

中津川会議

二 苗木の平田派国学の導入

青山景通の役割

領内平田学派の実態

三 水戸浪士の通行-天狗党-

水戸浪士(天狗党)

通行の模様

落合止宿

横田元綱

浪士遺品

苗木領の警備

岩村領の警備

国学者達の役割

浪士達の末路

第二節 東山道軍

一 赤報隊

赤報隊

中津川滞在

「相楽総三とその同志」より

赤報隊と地元出身者

湯舟沢村の夫役

赤報隊その後

顕彰碑

二 東山道軍

東山道軍の進発

布告

美濃国の通過

若年寄へ昇進

苗木遠山家の動向

尾張領徳川家の勤王誘引

大通行とその負担

第三節 民衆の動き

一 中津川商人の活躍

横浜生糸交易

交易の実相

生糸交易訴訟

京都生糸取引

牛方一件

二 農民の負担と騒動

越後出兵と夫役

木曽谷百姓一揆と中津川宿役人

一揆の収拾

梅村騒動と苗木

三 民衆の動き

「えいじゃないか運動」

お札降りの背景

第四節 苗木領政の動揺と改革

一 財政の窮迫

嘉永期の財政収支

御用金の割賦

藩札の発行

冥加米上納

財政事情

二 職政改革 

第一次職制改革

目安箱の設置

執政・参政の設置

第二次職制改革

給禄の改正

三 幕末苗木領政の動向

人材登用

日新館

反対派の処断

家禄奉還・帰農

第五節 廃仏毀釈

一 神葬改宗

神仏分離

神葬改宗の進行

中津川宿村の神葬

二 廃仏毀釈

氏子改め

廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)

廃寺と僧侶の帰俗

情況の巡察

僧侶の動向

民衆の動き

神葬祭への諸整備

第六節 藩の解体

一 版籍奉還

藩県併置

版籍奉還

中津川村他笠松県に編入

二 廃藩置県

廃藩置県

県の廃合

苗木県の廃県願

神坂 伊那県に

岐阜県に併合

廃県の布告

[後記・参考・奥付]

後記

[参考]

[奥付]