日本ラグビーフットボール協会/日本ラグビー デジタルミュージアム

日本ラグビーフットボール史
目次

日本ラグビーフットボール前史 ユニオン成立まで

Ⅰ 日本ラグビーの創始

《ラグビー発祥を語る唯一の証人=貴重な記述》

《2人のキャンタブとその役割》

《すべては同好クラブから》

《ケンブリッジ大学とラグビースピリッツ》

《寄宿舎制度の恩恵》

Ⅱ YC&ACと日本ラグビー

《陰の主役はE.B.クラーク》

《YOU EMPLOY JUDO》

《トライ1号とドロップゴール1号》

《蹴球部の成立とその背景》

Ⅲ セブンFWはオールブラックスから

《1冊の技術書がもたらした決断》

《亜流から生まれたセブンFW》

Ⅳ 古都に三高ラグビーが誕生

《夏休みは普及活動へ》

《古都京都にラグビーの息吹が》

《三高ラグビーも寄宿舎から》

《日本チーム同士が初めて対戦―新時代の幕が開けた》

《同志社ラグビーの功績と存在感》

Ⅴ ようやく東都にもラグビーのうねりが日本協会の設立と興隆時代へ

《早稲田ラグビー誕生の意義》

《草創から初期の早稲田を支えた京都人脈》

《部活動の発進を阻む早慶交流の断絶》

《早慶定期戦と主催者AJRAの役割》

《ラグビー界に衝撃の入場料徴収》

《早慶ラグビーに触発された東都の諸大学》

《メッカ神宮競技場と東都のラグビー》

《そのころ関西のラグビーでは…》

《クラブ活動の原点となった東西対抗》

《関東に地域協会が設立される》

《1年遅れて西部協会も発進》

日本協会の設立と興隆時代へ

Ⅰ 日本協会の設立

《協会成立の経緯と背景》

《初代会長問題と役員人事》

Ⅱ 秩父宮さまと日本ラグビー

《私とラグビー》

Ⅲ 大学ラグビーの興隆

《早稲田が豪州へ遠征》

《創始校の牙城崩れる》

《京大エイトFWの全国制覇》

《再燃した京大発の入場料問題》

Ⅳ 関西に2つの競技場

《日本に初めて専用グラウンドが》

《甲子園南運動場と全国中等学校大会》

《戦前の全国高専大会》

《主な改編要綱》

《実業団と軍隊ラグビー》

Ⅴ 日本代表が開いた世界への窓

《日本とカナダの国際交流がはじまる》

《豪州&NZ大学選抜が相次いで来日》

Ⅵ 関東大学に新しい波

《5大学リーグが新たに発足》

《創始校倒れて新旧が一線に…》

《舞台は変わって盟主の座は早と明》

《早明の真髄は横と縦の「ゆさぶり」》

《ルール改正とエイトFW》

《戦前の関東大学は慶應の復活とともに終焉へ》

敗戦の焦土から復興へ

Ⅰ 国敗れて「ラグビー」あり

《1943(昭和18)、44(昭和19)年の空白を乗り越えて》

《ラガーマン手づくりのラグビー場と国への移管》

《九州協会が独立・西部協会は関西協会へ》

《日本協会の体協脱退と復帰》

《日本協会創設35周年と50周年記念祭》

《日本ラグビーの50周年記念式典》

Ⅱ 多様化する協会活動

《日本協会機関誌の復刊》

《ラグビースクールと少年対策》

《ラグビー会場にフェンス広告が登場》

《キャップ制度の発足》

《揺れる大学ラグビー界》

《日本の女子ラグビーが正式加盟》

定期戦から選手権時代へ

Ⅰ 日本選手権がスタート

《前身はNHK杯》

《日本選手権の変遷》

Ⅱ 社会人大会からトップリーグへ

Ⅲ 大学選手権に青春をかけて

Ⅳ 戦後は全国中学(旧制)から高校大会へ

《全国中学大会の復活》

《高校ラグビーと高体連》

《全国中学・高校大会と記録の数々》

《高校日本代表の海外遠征》

《決議文》

Ⅴ 日本協会主催の各種全国大会

《三地域対抗ラグビー》

《全国クラブ大会》

《全国地区対抗大学大会》

《全国高等専門学校大会》

戦後の国際交流

Ⅰ 来日した大学ラグビーのエリートたち

《はじめに》

《初めて目にした創始国のラグビー》

《ダークブルーの次はライトブルーのケンブリッジ大学》

《オックスブリッジ大学連合とナイトゲーム》

《南半球から豪州大学選抜2度目の来日》

《黒衣のパワフル3軍団》

Ⅱ 初めて見る世界のナショナルチーム

《夢の創始国イングランド代表が初来日》

《レッドデビルの来襲》

《相次いで5カ国対抗の勇者たちが…》

《初めて目にする華麗なシャンパンラグビー》

《日本ラグビーに変化の兆し》

Ⅲ 日本代表の海外遠征

《初遠征でオールブラックスJr.を破る》

《第2次ウェールズ遠征の成功》

《日本代表の遠征を総括すると》

Ⅳ 国際社会の地域大会と日本ラグビー

《タイ国の提唱で始まったアジア大会》

《環太平洋を巡る3つの大会》

《ジャパンを支えるエージグループの強化》

《U19世界大会で初の7位に》

Ⅴ 花開いたセブン・アサイド(7人制)ラグビー

《YC&ACセブンズとジャパン・セブンズ》

《アジアのセブンズは香港》

《アジア競技大会で7人制日本代表が悲願の金メダル達成》

《日本をわかせた世界のスーパーチームが来日》

日本ラグビー新時代

Ⅰ 日本ラグビーの組織改革

Ⅱ 日本代表強化新体制

Ⅲ ジャパンラグビートップリーグの創設

《トップリーグ創設》

《トップリーグ12チームと仕組み(開幕当初)》

《トップリーグの元年の成果》

《トップリーグの改革》

《トップリーグ4シーズンの記録》

《トップリーグのめざすもの》

Ⅳ 中長期競技力向上プラン(ATQプログラム)策定

《ATQプログラム策定》

《「ターゲット2011」と「ターゲット2015」以降》

Ⅴ レフリーソサエティとグレーディングレフリーについて

1. 昭和40年代~50年代

2. 昭和60年代~現在までワールドカップと日本

ワールドカップと日本

初参加から5大会連続出場の偉業

《5大会連続出場と世界のレベル》

《W杯と日本代表チームの記録 第1回大会~第5回大会》

ルール改正の変遷

Ⅰ 主なルール改正について

はじめに

ルール改正の変遷をたどる目的

資料収集の対象と方法

主なルールの改正点と変遷

1.昭和20年代(1945~1954)

2.昭和30年代(1955~1964)

3.昭和40年代(現代ラグビーの幕開け 1695~1974)

4.昭和50年代(1975~1984)

5.昭和から平成の時代(1985~1994)

6.オープン化から「ラグビー憲章」の時代(1995~2006)

まとめ

今後のルール検討の課題

結語

Ⅱ メディカル・安全対策部門の流れ

医務委員会の歴史

メディカルコミッティ設立

メディカルサポーター制度

アンチドーピングムーブメント

引用・参考文献